人物となれ

人物となれ

人物となれ

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最近「人物」といわれる人が少なくなった。

「人物」という言葉もあまり聞かない。

 

雑誌や書籍でも「人材」や「人財」という言葉が目につく。

 

行徳哲男先生も「広さばかりを求めて、深みがない。」

と話されている。

 

明治維新や戦後の復興の時期には、人物と呼べる人が排出した。

人物という言葉で連想されるのは、西郷隆盛

 

現在の学校教育は理性教育で、頭の良い人間をつくっている。

「人物」とは能力と人間性において優れた人間のこと

 

能力や理性は、使い方によって善にも悪にもる。

人物を育てるためには、

理性を高度に成長させることも大切だが、

その理性を使う人間性を磨き育てることが

もっと重要な課題である。

 

人間は生まれたときには、人格はない。

人間は生まれてから後に

「人間の格」を獲得して人間になる。

人間性は生まれてから後に何を学び

いかに体験を重ねて、気づきを得たかにかによって決まる。

 

肚をつくる

理屈で考えてもつくることはできない

命の痛みを伴った体験と経験が、

人間の深さをつくり

何があっても動じない肚がつくられていく

 

思風


Source: 芳村思風 感性論哲学の世界