森信三に学ぶ人間力(北尾吉孝)

森信三に学ぶ人間力(北尾吉孝)

森信三に学ぶ人間力

森信三先生は人を知る標準として次の5つを挙げています。 その人が如何なる人を師匠としているか その人が如何なることをもって、自分の一生の目標としているか その人が今日まで如何なる事をしてきたかという、今日までの経歴 その人の愛読書が如何なるものか その人が如何なる友人をもっているか

森先生の悟りにおいては 「人生二度なし」「心理は現実の只中にあり」が30代で悟ったこと 本というのは有力な手引きや媒介でしかない。 ただし、「常に自ら求め学び続けなければ真に教えることはできない」ともあり教えるというのは自ら学ぶ果てしない道でもある。

 

読書は手引き媒介ではあるが、読書抜きに学問修養は考えられない。 (読書と経験を結びつけることが重要) 我々の日常の中に宿る意味の深さは主として読書の光に照らして、初めてこれを見出すことができる。もし読書をしていなかったらいかに切実な人生経験といえども真の深さは容易に気づきがたい。 「偉大な実践家は、大なる読書家である」   人間の形成にあたって 「血、育ち、教え」の3つの要素があり 血と育ちが気品となる。

 

ところが、血と育ちは根強い力を持つためによほど立派な教えを聞き、相当努めたとしてもなかなか変わるものではない。 その足りない部分を埋めるには修養するしかない。 気品には気品三代という言葉があり気品をつくるには三代かかるということ。 三代の祖先の修行の積み重ねが当代の品性に影響を及ぼしている。

西欧の哲学が社会が進歩していく事を前提にしているが、人類の歴史は栄枯盛衰、進歩だけでなく衰退もある。西欧哲学において衰退が述べられていない。 全一学においては進歩と盛衰とあわせて議論出来る事。 立派な置き土産を残すために 自分が持って生まれてきたいのちの特色を十分に発揮し実践する さらに自分の接する他の人々に対して親切にし、他の人々のために尽くす。

この2点がもっとも大切

終身教授録から わが身に降りかかってくる一切の出来事は、自分にとっては絶対必然であると共に、また実に絶対最善である。 人間の価値と人生の正味 自分がこの世に生を受けた意義を知るためには、40歳までは修行時代と心得ないといけないと先生は言われます。 40歳まではいわゆる潜行密用であって、すなわち地に潜んで磨くことに専念することが大切 そして深く生きるために3回伝記を読む 深く生きるためには偉人の伝記を人生のうちで3回読まなければいけない。なぜ3回なのか 1回目は12,3から17,8にかけて「立志」の時期。このときは自分がいかにして生きていくかを想い定めるために読む。 2回目は、34,5から40にかけて。「発願」の時期。この時期に自分の後半生を何に捧げるべきかと改めて深く考え直すために読む。 3回目は、60前後にかけて。自分の人生の総決算、総括として残りの人生をどのように生きるかを学ぶために読む。

深く生きるとは自分の悩みや苦しみの意味を深くかみ締めて、そのように苦しんでいるのは自分1人だけではなく多くの人が等しく悩み苦しみつつあるのだとわかるようになる。 自分だけが悩み苦しんでいるのではないという世の中の真実を知るために、伝記は格好の教材になる。