久しぶりに釈正輪老師の講和会に参加
今回の内容は、天皇家についての内容が主な内容で詳細はかけないことが多いのですが
特に心に響いた内容として、
日本の歴史や、日本人はどこからきたのか
など
ルーツを知ることのないようが多いのですが
昔から釈正輪老師に教えていただいた事として、歴史は勝者が作ってきたものだから
本当かどうかは正直なところわからない。ただ、うのみにせずに自分の目で見れることや調べること
真実を知る事によって、様々な情報に流されずに自分自身の視点を持つことの大切さについては
以前から教えて頂いている事になります。
講和会の内容以上に、やはりこの方の話を聞きたい!と思わせてくれるのが釈正輪老師の魅力なのかなと思い
特に自殺については大変心を寄せているところで
身近にいた方、ご自身も死の一歩手前で
思いとどまった事の話を聞いていると
恐らく、たまたま講和会を聞きに来たというより
同じ様な悩みを持って、死ぬ寸前や心傷ついた経験を持った方だからこそ
講和会に参加し続けて何かを変えたい、何かを得たい
そんな感じなのかなと思います。
自分自身もそうで
釈正輪老師の様な素晴らしい方にお会いし、いろいろお話もお伺いする機会はあるものの
素晴らしいお話と自分自身の私生活との現実とのギャップを感じるときも多く
自分自身が追い詰められた時に
同じ様な悩みを経験し乗り越えられた釈正輪老師の存在は知りながらも
その言葉や行動を自分自身に活かすというのは相当意識していないとできないなとも感じるところです。
また、その悩みを表に出す事なく笑顔でいられるのも見習いたいところであり
釈正輪老師自身、現在の仏教界に疑問を持たれ本来のあるべき姿を追い求め続けている姿勢もまた
人間的に素晴らしいなと感じます。
釈尊は、亡くなるまでずっと歩き続けて説法をし続けていた。
純粋にお坊さんに求められることを現在し続けていて、おそらくお金にならない
講和会ももっと大規模に集めれたらお金になるであろうところを
地道にやり続けている事、それが一期一会でお会いした方を大切にする
その姿勢でずっとやり続けられています。
また、自分が釈正輪老師と出会い、そして長年出席して関係が続いているのも
不思議というか、たまたまのご縁ではなくきっと必然の出会いなんであろうと信じる様にしていて
それは、必ずしもいい人でなく関係が難しいなと思う方であったとしても
何か自分に教えてくれている
そう思う様にしています。
懇親会の時の話からは
家族関係に触れた話がありましたが
そこが個人的には心すごく苦しい話であり
特に、今年亡くなった父親との関係をいつも考えさせられ
肺がんを患ってから釈正輪老師にもずっと心配頂いていたのですが
体のこと以上に、父親のことで家族が感じた苦労が多く
それでも、その悪いところの現象や事実だけを見てしまい、その裏側や背景を何も考慮しないとなると
一生涯その人は悪い人として見るしかなくなる。
また、そんなえらいことを言うほど自分が清廉潔白でもないのに
人の悪いところは責める、攻撃する、正論を持って心情を無視する
という心の余裕のない自分になってしまう訳であります。
さらにそれが、自分自身が原因となっていることであれば
自分の努力や行動の変化で取り戻せたとしても
自分の知らない、わからないところで影響を受けるものについては尚更、苦しむところで
亡くなった父親に対して怒りをぶつける訳にもいかず、どう心の傷を解消すればいいかわからない中で
自分の中、内々が徐々に沈んで
外交的になれない自分になってしまっていたと。。
だからこそ、釈正輪老師にお会いし話を聞くことで
自分自身を癒したい、変化したい
そんな感情が足を運ばせてくれたのかもしれません。
以下、過去開催時の紹介です。
5月6月は令和について
最近の講話会の内容は濃い内容が多くあまり表に出していないのですが
元号については、なぜ4月1日なのか5月1日なのか、官房長官の発表が11時41分なのかは数秘術にもヒントが隠されており、大宝律令、天武天皇、文武天皇とヒントが隠されていて、令和の言葉の意味についてを語り、伝える重要性を仰っていて令和の令を理解する事の大切さを強調されていました。
最近は新規に来られた方が、仏教に興味がある、歴史に興味があるがきっかけになっていることが多いのですが、実際に来てみると釈先生の人生についてを興味持ちましたというお声を頂くことがあり
- 千日回峰行
- 生い立ちから、教師を経て、経営者を経て、世界を旅して仏教、キリスト教、イスラム教それぞれの関わりから北朝鮮へ渡航した経験談
- 自殺防止活動に至る経緯
この辺りの、書物や歴史の世界以上に日常生活の悩み、乗り越えの体験談など経験から物事を語ることは自分自身も、参考になることが多く
神仏習合をお坊さんという肩書がありながらも形式に縛られることなく続けられていて
実際に現地に行って見て話して研究してシェアする
そんなサイクルをもし自分も行うことが出来れば、書物の言葉ではなく自分の言葉で発信できるかなと。
いつも、経験、体験談を基に話をされるので、そこが学ぶべき点として大きいなと感じます。
また、普通では考えられない様な大変な体験談の中で特に命を絶ってしまう事については昔から話を聞く機会が多く
本当に素晴らしい〇〇学や〇〇さんの教えであれば、もっと自殺者が少なくなるはずで、救えるはずにも関わらず未だ、2万人、3万人という数が続いているのは、教えよりも1人1人に寄り添う姿勢の方が大切で
それをお釈迦様はやっていたとの事で釈先生が仰っていた、本当に救えるのはお釈迦様の教えの原点に立ち戻って、歩いて歩いて人の悩みに寄り添う姿勢が大事とのこと
釈先生曰く、命を絶つ要因となってしまうのは環境の変化が大きい要因として挙げられ
その中で、友の大切さを言われており
↓
自分という1個人が認めてもらえない時、憂鬱になり、ストレスを感じ、その先に命を絶つ
きれいごとで命は大事というのは誰でもわかっている。それでも頑張っていけない状況になる、周りの環境も存在している。
私が私が!となるのは人間だれしもそういう心を持っている弱い生き物である。みんな寂しい生き物である。だから友達となって認め合うのが自殺を止める1つのヒントになる。
頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。
本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく 本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから 親子関係、友達関係など。 昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。 (家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。 その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが
現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中 人間関係、お金、家庭など 悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に ※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。
だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
それがないと誰かがいじめの対象になり そのいじめの対象は弱者に対して向かっていく。 それが子供だったとしたら、その子の将来はどうなるのか? 子供が攻撃されているならば、尊敬出来る親、先生など身近なところに常にストレスを抱えてしまうのではないか。 しっかりとその子の将来やその子が育って作る社会を考えて 大人が自覚を持って接する事が求められている。
そして、これからの日本を背負う若い世代については
まずは、いろんな背景(経緯、歴史)がある日本だというのを日本人自身がまず知る事が第1のスタートで
自分たちのルーツを知る、他人のも知る。その差異を認めながら新しい文化、文明を創る事が必要で
「日本人が世界に旅立つ事。そして日本の文化が世界に誇れる人材がどんどん海外に出て尊敬される事」
きっとそんな経験を自分もやりながら、ほかの人たちを巻き込む魅力を持てればと思いますが、そういう想いになれたのは釈先生の影響が大きく、また生前、小野田さんの話を聞いた時も30年いた経験以上に、帰国した後にブラジル移住を50歳超えてからチャレンジしていた時の話の方が強烈で、小野田さんを見ると状況はどうあれ、大丈夫という気持ちにさせてくれます。(さらに、ブラジル移住で開拓の際は友人に借金しながらで、牧場成功した際はルパング島に寄付を行い、川崎の金属バット両親殺害事件を知って、日本の教育を!と立ち上がり70代か80代で自然塾を開講したことなど)
小さいころから自分でできそうだなと思ったことをやってたのがよかった。目的があれば大丈夫!
また、釈先生と同じく千日回峰行を2度達成した酒井雄哉氏を見てても
特攻隊→職場放棄→事業を展開し失敗、借金を抱え→結婚してすぐに奥様が自殺→廃人の様な生活から千日回峰行に突入
恐らくお二人がご存命だったとしたら価値観の変化に合わせるとかのレベルじゃなくて新しい価値観を創るレベルの人じゃないかなと、そして、思い通りにいかない人生を何十年と経て最後は尊敬される領域まで行かれると。
そういった人に歴史あり!の視点で出来事の歴史以外に
その人、その環境、その時の精神状態と乗り越えた経験と
歴史から学ぶというのを、少し広げて人の歴史から学んで何かしら行動に活かしてみる。何かチャレンジしてみるという内容もこれから盛り込んでいきたいと思います。

今回は元号変更に伴う、令和について
新しい時代を迎えるにあたって、令和の言葉が持つ意味、そして価値について
釈先生の経験談による解釈を踏まえて解説頂きました。
そして、重要箇所を抜粋すると
地球的な規模で考える事の大切さ
ネット社会で様々な情報が入り、海外から来られる外国人の方
そこには日本文化を心から好きな方もいるし、そうでない方もいる。
これから益々「差異」が出てくるという事。
そこに対して、考えるべきは1個人としてたくさんの海外の仲間を作る事。
そこで初めて良さ悪さ両方とも見えてくる。
違いがあるからこそ学びがあり、面白さがある。
排除するのではなく、お互いが違いを受け入れ学んでいく。そしてお互いの理解を深めていく。
違うからこそ!という意識を持たないと世界平和を目指す前提が崩れてしまう。
違いを認めてお互いを尊重する、仲間の大切さは昔から仰られていて
以前の講和会から
差異を認める、違いを認め尊重するの内容でお話頂いた動画
釈正輪老師講話会、5月7日「うつくしいいきかた」をテーマに開催

釈先生曰く、命を絶つ要因となってしまうのは環境の変化が大きい要因として挙げられ
その中で、友の大切さを言われており
↓
自分という1個人が認めてもらえない時、憂鬱になり、ストレスを感じ、その先に命を絶つ
きれいごとで命は大事というのは誰でもわかっている。それでも頑張っていけない状況になる、周りの環境も存在している。
私が私が!となるのは人間だれしもそういう心を持っている弱い生き物である。みんな寂しい生き物である。だから友達となって認め合うのが自殺を止める1つのヒントになる。
頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。
本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく 本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから 親子関係、友達関係など。 昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。 (家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。 その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが
現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中 人間関係、お金、家庭など 悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に ※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。
だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
それがないと誰かがいじめの対象になり そのいじめの対象は弱者に対して向かっていく。 それが子供だったとしたら、その子の将来はどうなるのか? 子供が攻撃されているならば、尊敬出来る親、先生など身近なところに常にストレスを抱えてしまうのではないか。 しっかりとその子の将来やその子が育って作る社会を考えて 大人が自覚を持って接する事が求められている。
【尊い人間の命で、何をすべきなのか】
仏教では自殺は「悪」だとはいいません。「愚か」だと教えます。何故でしょうか。釈迦は、「人身受け難し」と説いています。人間に生まれることは滅多にないからこそ素晴らしいのだといわれたのです。しかしそう言われても、なかなか実感がわきません。人間に生まれることを喜ぶどころか、つらいことが続くと、「死んだほうがましだ」と思うことさえあるのではないでしょうか。
ある時釈迦が弟子の阿難に、「そなたは人間に生まれたことを、どのように思っているか」と尋ねました。阿難は、「はい、大変喜んでおります」と答えました。続けて釈迦は、「では、どれほど喜んでいるのか」と尋ねますと、阿難は答えることができませんでした。すると釈迦は、「例をもって教えよう」と言い、次のような話をしました。
「果てしなく広がる海の底に、目の見えない一匹の亀がいる。その亀は、百年な一度だけ、海底から浮かび上がってきて、海面に顔を出すのだ。海には一本の丸太ん棒が浮いている。その丸太ん棒の真ん中には、ちょうど亀の頭が入るくらいの小さな穴が開いている。丸太ん棒は、広い海の上を風に吹かれ、波に流されて漂っている。百年に一度、浮かび上がる目の見えない亀が、海面に頭を出した時に、丸太ん棒の穴に頭をすっぽり入れることがあると思うか」阿難は驚きながらもこのように言いました。
「尊師、そのようなことはとても考えられません」釈迦は言う。「絶対に無いと言い切れるか」「広い海に、一本しか浮いていない丸太ん棒の近くに、亀が浮かび上がることは滅多に無いと思います。仮にあったとしても、目が見えませんので、丸太ん棒の穴を目指して浮かび上がることもできないでしょう。
しかし、絶対に無いとは言い切れません。ひょっとしたら、何億年何兆年に一度、あるかもしれません。しかし、全くないといってもよいくらい、難しいことだと思います」釈迦は微笑され、このように諭しました。「その通りだ阿難。しかし、私たち人間に生まれることは、目の見えない亀が、百年に一度、海面に浮かび上がる時に、たまたま丸太ん棒の穴に頭を入れることよりも、さらに難しいことなのだよ」これが、経典に説かれています『盲亀浮木』の例えです。故事成語辞典や国語辞典にも「実現の可能性が、極めてまれであることの例え」として載っていますが、本来は、人間に生まれることが、如何に難しいかを教えた例えなのです。
「今、私が、人間に生まれることができた」ということは、一億円の宝くじが当たったことと比べてても、比較にならないほど大きな喜びがあって当たり前なのです。それほど貴重な命を得ながら、自ら捨てる(自殺)のは、とても愚かな行為だと教えているのです。自分の命は、このように尊く貴重なものだと分かれば、大切にしていこうという気持ちが強くなります。一度しかない人生を充実させたいと、生きる力がわいてきます。自分だけでなく、家族や周りの人の命の重さが分かってくると、相手を思いやり、優しく接することができるようになります。
釈迦は次に、「それほど貴重で尊い人間の命で、何をすべきなのか。どのようにしたら幸せになれるのか」を、生涯かけて教えたのです。
このように、全ての人にとって、大切なことを教えたのが「仏教」なのです。
今月はサイト上での紹介を控えているので、以前開催の内容を基に、最近の釈先生の話を聞いている中で重視しているのが「和の精神」
そして、個人的に興味を持つことができた古代史
聖徳太子の時代に振り返って、17条の憲法の第1条に和をもって尊しとなす。それがなぜその時代、第1条に書かれていたのか?そこには周りを武力で制圧ではなく元々の日本には周りを尊ぶ和の精神があったのを地理的な視点と歴史の始点から詳しく教えて頂きました。
祖父母の世代では
尋常小学校では「神様の子孫」と習い
天照大神とスサノオノミコトの日本神話があり、そのおふたりから続いていく日本人は神の直系の人間とされていた。
それに対し、旧約聖書の創世記では「土から神が人間を作った」との事
※世界で類を見ない位血が混じった多民族が日本人であり
現在の教科書では縄文人からスタートする形になっているが、既に縄文時代には下記の様な民族がいたと。
宮古島や沖縄近辺のクマソ
鹿児島のハヤト
出雲のオロチ
難波のツチグモ
関東から岩手、青森にかけてエミシ
北海道のエゾ(アイヌ)
これらの民族は全て船に乗って狩りをしていた。
教科書にある様で無いこの紀元前の民族がどの様にして生まれたのか?どこから来たのか?
等々を講話会の中で聞く事が出来ます。
縄文時代は実は海洋民族であり(別名コロボックルとも言います)、鯨やイルカ、オットセイを主食としていた。また稲作は水稲栽培を行っていて、どんぐりやしいのみで防風林も作っていた。それが二千年から三千年も文明が続いていたと言われていて、世界各国の文明が約200、300年に対して縄文文化は2000年、3000年と続いた背景には、世界中の血が混ざっている日本だからこそ他民族(多民族)を受け入れる平和的な感性を持ちえたからこそ出来た文明ではないか。
DNAも関連していて
染色体がAからTまでの25あるうち、YAP遺伝子と呼ばれるものがありYAP遺伝子は、親切遺伝子とも言われ、日本人特有の親切さや勤勉さなどもこの遺伝子の影響が多大にあると思われます。
村上和雄氏によると「YAP遺伝子は自分を捨てて他人に尽くす遺伝子」だといいます。
日本人は、モンゴロイド系で、遺伝子は日本固有YAP(-)を持ち、これは中国人、韓国人、フィリピン人にもない遺伝子であり、YAP遺伝子は縄文人固有の遺伝子ではなく、中東から来たといいます。
古代イスラエル人と日本人くらいしかいないともいわれ、Y染色体DNAのD系統を高度で持つことで有名であり、Y染色体DNAのD系統は、日本人とチベット人や中近東の人の他には、世界のどこにもほとんど存在しないそうです。
YAP遺伝子は、親切遺伝子とも言われ、日本人特有の親切さや勤勉さなどもこの遺伝子の影響が多大にあると思われます。
A:クロマニヨン人
B:ネアンデルタール人
D1:チベット、タスマニア、日本それぞれの男子のみが持ち合わせている
E:イスラエル
その中でD2と呼ばれるものは日本人の男子のみが持ち合わせている染色体(特にアイヌ、オロチが持ち合わせていた)
その様なDNAの観点からも、日本人はシルクロード(エジプト)から大陸を横断し、最終的に飛鳥(奈良)にたどり着いた。そのたどり着くまでに様々な血が混ざり合っているが利他の精神、平和的な感性を受け継ぐ事が出来、それが今も日本人のDNAに引き継がれている。
そこまでの内容を研究しながら伝えて頂けるので、何となくの和の精神が引き継がれてきたとは違って、非常に中身、内容の濃い話で納得しながら聞くことができます。
と共に、歴史だけだと知識の満足までになる為、一歩進んで自分自身が目指すのは、日常生活でどう活かしていくか?ヒントが得られるか?が大切だと思っていて日常生活から離れると、勉強するときだけの知識になってしまうと。
和の精神が日本を創ってきたのだとするならば、長続きする歴史の中で先祖代々受け継がれてきたものとして和の精神があると。さらに土地に執着しない文化も何かしらのヒントが隠されている様な気がしていて、イスラエル人と日本人の遺伝子が似ているのは、領土拡大を武力で制圧する時代、領土を重視していなかった。だからこそ?朱印船の山田長政はじめ中南米の地に開拓していった日本人がいたのかな?
近代イスラエルついてはユダヤ人を中心に
「ユダ族」が世界中を放浪しており(当時のユダ族においては国を創りたいというのが夢であった)
↓
ユダ族が世界中で商売を行って利益が出て(ただし、金貸しでの利益であったこと)と
汗水流して働く事が仕事の基本とみなされていた時であり
そのお金をアメリカ、イギリスに渡して、その見返りにイスラエルという国家を創った。
それは、今のイスラエルでのベンチャーがどんどん生まれているのにも共通していて、世界中の能力を集めてベンチャーが生まれている背景があります。
ソーシャルカジノゲームのPlaytica(プレイティカ)
パーキンソン病治療薬を開発したNeuroDerm
自動車向け半導体Mobileye(モービルアイ)
共通しているのは、育てて売却している事。世界中の企業が買収先を求めてイスラエルに集中していて日本からの投資も、2012年から2016年の4年で100倍の222億円に急増。年間約5500億円のベンチャーキャピタル総投資額
他にも
人口視覚を活用して、視覚障害者の生活の向上を目指す OrCam
レントゲンやMRIなどの画像をディープラーニングによってAIに学習させ、病気の見落としを防ぐ Zebra Medical Vision
年1千社を超える新設企業数、ノーベル賞受賞率、これらが人口一人当たりでは世界一でアメリカの買収総額の20%がイスラエルの会社
単にお金持ちで引退ではなく、次々に新たなチャレンジをする風土というか根底にある教育の部分が影響しているそうです。
・10歳以下で基礎的なプログラミング教育が開始
・12歳からはサイバーセキュリティーの教育
年間で最低でも90時間、より難易度が上のコースでは450時間の学習で18歳ころには世界でも渡り合えるレベルの人材が何人も誕生
技術を開発するだけではなく、どう売り込むかグローバルに受け入れられることを前提に考え、その基には自分の国をもつことすら許されなかった歴史的な背景がある中何もないからこそ、自分がやる!という起業家が産まれる土壌があるのではないか?
日本が戦後技術立国として育ったのも、資源が無いという状況の中で教育を一生懸命頑張る文化があって、技術が世界をリードし尊敬される領域にまで至った。そんな所の土地が無い、資源が無いからこそ教育・技術が育つ、育てる所が共通項かなと思います。
古代イスラエルについては
アダムとイブがおり
サタンがイブにりんごを与えてそのりんごを噛じった結果、羞恥心が芽生え
性の営みを持たせてアダムにも食べさせて神の逆鱗に触れてしまったと。
日本とイスラエルついては
モーゼの話に遡るのですが
モーゼは実は桃太郎と非常に類似した過去があり
どんぶらこのお椀が川で流れてくるところから
これは神様が与えてくれた子供だと思い、育てられ
ただし、モーゼは自分がカナンの出身だということを知って
親子の対立が生じてしまうと。
モーゼは兄がいることを知り(名前はアロン)
アロンはパレスチナを建設し初代国王の名前がダビデであったと。
イスラエルは北イスラエルと南イスラエルとに分かれており、アシリア帝国が治めた後にバビロニア帝国が出てペルシャ帝国が出来た。ペルシャの立法で自治を認めていた時に、イスラエルに帰る事を許されている中で、唯一戻ったのがユダ族であったと。
ほかは東へ東へ移動して日本にたどり着いたと言われています。
また、日本にたどり着くまでにおいては朝鮮半島を経由して渡った経緯があるとの事で
その様な我々の文化文明がたどり着くまでの歴史や背景を知る事が重要であると説いていらっしゃいます。
いろいろ書いてる中で、もし歴史が繰り返され変化しながらも続いていくのだとすると、今の混沌としている世の中に中心的な役割を果たすのが日本になるのか?
AIが発達した後に来る生き方の見本になるのが日本人になるのか?が興味持つところで、きっと歴史の知識と時代とともに発展、滅んで流れ着いてきた後に、和の精神と技術発達がどう融合していくか?
そんな視点で物事見ていくと、古代史から学んでいくことに興味が持てる様な気がして、ご近所さんの三内丸山遺跡に昔は何とも思わなかったのが、今になって意外と結構いけてるんじゃないかと。








