3月30日(土) 御代替わりを寿ぐ  大嘗祭と阿波忌部

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今週末開催の春分の阿波忌部女神ツアー
に続き、3月30日に林先生をお呼びしての講演

御代替わりを寿ぐ ー大嘗祭と阿波忌部ー

日時 3月30日 開場13時 開演13時30
13時30分~14時20分 第一部 林博章先生講演
14時30分~15時20分 第二部 林博章先生、松前兼一対談
15時30分~16時30分 第三部 御代替わりのコンサート

大嘗祭

天皇が即位後最初に皇祖および天神地祇 (てんしんちぎ) に新穀を供え,これを食べる儀式
その年に収穫された米などを神々に供え、自身も食し、五穀豊穣(ほうじょう)や国家安寧を祈る
古くはこの祭りによってあらたな天皇の資格が完成するものとされていた。

 

阿波忌部については、現在も天皇陛下が御即位後に初めて行う大嘗祭に「麁服(あらたえ)」を献上しており、また、神山町やつるぎ町には天岩戸伝説にまつわる神社があるなど、その由縁は数多くあります。麁服(あらたえ)天皇陛下が即位される大嘗祭ではお召しになられる麻の織物は、今も忌部直系氏族の三木家のみが調整、調進することになっている。

忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏だった。
特に、忌部は祭祀のための祭具を調達。

阿波勢力(阿波忌部族)は海部とともに大和王権の成立直前となる2世紀後半から4世紀頃に、日本各地へ進出。
彼らは、麻・穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・音楽(弦楽器)・建築・漁業・農業土木技術を伝えた祭祀族、海洋民、産業技術集団であった。
また、近畿に大和王権の象徴となる前方後円墳の諸要素と古墳築造技術を伝えた。そして、大和王権成立の立役者となった。

阿波忌部の内容はいつも長文になるのですが、今回も引き続き長文にて。。

簡単に言うと、日ユ同祖論という日本とユダヤのご先祖様は同じという考え方があり

阿波忌部はその古代ユダヤ人が大陸を渡って、阿波の地にたどり着き、そこで天皇家に仕えていたであろうと。天皇家に仕えながら、全国に農業、音楽、などなど文化も伝えるのを武力ではなく平和的に行っていた。

そんな周りとの協調を図る「和」の精神を昔々から持っていた。その和の精神がこれからの時代を生きていく上での生き方、考え方として大切ではないか!という事で昔持っていたそんな素敵な精神を学ぶことにこれからのヒントがあるのではないか!と解釈しております。

また、それがただの伝説ではなく科学の視点からも日ユ同祖論を見る事が出来て

■Y染色体のYAP遺伝子

Y染色体にあるYAP遺伝子は一説には“神の遺伝子”と言われ、東アジアでは日本人男性にしか見ることができない特異的なY染
色体 「YAP」がある。。他に見られるのはイスラエルのユダヤ人と、ベンガル湾に浮かぶアンダマン諸島の人々、チベット、
一部のアラブ人に限定されるといわれ

地理的に日本に近く民族的な親戚関係にあるはずの韓国朝鮮人や、中国人(漢人)にはYAP遺伝子が見られない。一説には、日ユ同祖論の謎を解くヒントがこの遺伝子にあるとも言われている。つまり、南北イスラエル王国が崩壊した際、東に向かった古代ユダヤ人の一部が日本に流入し、日本人の体内にYAP遺伝子を残存させたと

したがって天皇のルーツがユダヤ王朝の末裔であるという仮説がここから生まれた由縁であり、現在イスラエルではアミシャーブ(10支族に関する調査機関)が世界各国で失われた10支族の末裔を確認して回っていてY染色体は、父から息子へにだけ伝えられ る。 もとのYは、男が生まれればY染色体に内包 される情報が遺伝する。 もし、家系の途中で一回でも女しか生まれ ないとすると、もとの男のY染色体の遺伝情報は消えてしまう。つまり、Y染色体の遺伝 情報は大変脆弱である。
このYAP遺伝子は韓国朝鮮人や中国人にはないという事は 日本人の大元が、半島の方達とは全くの赤の他人ということです。大陸から移住してきて混血してもなおかつ、もともとの日本人の因子を受け継いできた。縄文人がどうやらその祖であるようで、縄文人がもつ特性とは、「闘争心の無さ」。縄文時代が長い間続いたのは縄文遺跡には争いの形跡がない。人 間が得た糧を皆に平等に分け合い、十分に幸福に暮らしていれば、争う必要はない。争いが始まったのは、大陸から渡来した弥生人が、縄文人の土地に入り込み、農耕を始め、農作物の貯蓄により権威者を作ったことで、縄文時代が終わった。日本人のおとなしさの系譜は、縄文人の血によるもの。 YAP遺伝子は、大陸には存在しない。大陸では「闘争心の無さ」が仇になったため、 絶滅してしまった。日本という土地での み、その遺伝子を現在も残すことができたのである。

ここで要点となりそうなのが、闘争心やエゴの結果として環境問題、核の問題、人間関係の問題などなどが結果として出てきてしまっていること。世界が、闘争に疲れ果てる時が来 たら、縄文人のような心のあり方が必要になるかもしれない。ということ。

男系男子の皇統の維持を主張される方の中でこの遺伝子を基に男系を守るという考え方。

世界を見ると日本が世界唯一万世一系の王朝で一つの家系によって断絶なく継承され、そのルーツが神話にあり、そんな特徴を備えているのは、世界の諸王室のなかで日本の皇室だけ。

日本 125代 王朝の断絶や交代はない 男系継承
デンマーク 54代  ヴァイキングの首長がルーツ 王位の継承は男子優先で女系も容認
イキリス 40代  現王室の初代はドイツ人 王位の継承は男子優先で女系も容認
スウェーデン 23代 現王室の初代はフランス人 王位の継承は長子優先
モロッコ 23代 直系の男子がいない場合は傍系の男子が継承 男系継承
スペイン 17代 現王室の初代はフランス人 王位の継承は男子優先で女系も容認
ネパール 12代 王朝交代があり、血統はつながっていない
マレーシア 12代  各部族長の互選で選出 任期5年
タイ 9代 王位は王が王族男子の中から継承者を任命

 


まだかじった程度なので、どこまでが本当か否かは分かりませんが、ただの神話ではなく出土品からも客観的に類似している点が多いのは面白い視点かなと思います。そして、阿波忌部との関係はイスラエル王国が12個あったユダヤ人の支族は散り散りになり、そのうちの10支族が国外へ流れその10支族の中に、祭祀を取り仕切っていたレビ族という支族がありました。アークを担ぐことが許されたのは、このレビ族だけであり、そのレビ族が日本に辿り着き、そのまま土着して様々な形でユダヤの文明を残している。その地が阿波(徳島)であるという説で、徳島の剣山に古代ユダヤの秘宝「契約の箱」がある。らしい。

それを空海が四国八十八箇所霊場を開いて結界を張り巡らせたことにより、四国は「死国(しこく)」として封印されることになりました。古事記・日本書紀など日本の歴史が編纂される時に、阿波の国にあったルーツは封印され、歴史の表舞台から消えてしまったという説があり、古代ユダヤの血筋・霊統を受け継いでいること、秘宝「契約の箱」が剣山に隠されている、というような秘密が外国に知られてしまったら、外国から侵略される危険が生じてきたので、外敵から自国や秘宝を守る必要に迫られ天皇家の出自を封印したのかもしれないということ。

本当に正しいか否かは分かりませんが
おそらく大切なのは、そういう説があるかもしれないという事で
古代史に興味を持つことではないかと。

幕末、戦国だけではなく
古代史にもおもしろく興味持つところがたくさんあり
よく言われる「歴史から学ぶ」というのを自分なりの視点で学ぶことができれば
それでいいんじゃないかなと思います。

林先生が前回来られた際の講演からは、

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徳島の傾斜地農法が数千年続いているのは縄文後期から原始信仰:アニミズム 影信仰(遺跡)、石窪信仰(遺跡)、石棒のマツリ、立石列石(ストーン、アライメント)があったからこそ。土砂崩れや豪雨があってもいまだに傾斜地農法が続いているのは、信仰(アニミズム)が関連していて、たくさんの神様がいる中、大木を基に木の神様を残していた。木を伐採していたら今は農業の土壌が残っていなかったかもしれない。そんな信仰が受け継がれてきたからこそ今でも続いていると。

文化、伝統がただ意識の中のものだけではなく、生活を守ってきていたものかもしれないという事。そして時代の変化にともない、第1段階から第8段階までの進化を遂げて今も続いていると。

第1段階:縄文後期から原始信仰:アニミズム 影信仰(遺跡)、石窪信仰(遺跡)、石棒のマツリ、立石列石(ストーン、アライメント)

第2段階:縄文晩期~弥生:原始信仰の発展、特定の事物にカミ、精霊が宿る観念(カミ信仰) 森内部に簡素な石囲い(石殿)、立石列石、立石(メンヒル)

第3段階:弥生~古墳時代(本格的な農耕の開始):本格的なカミ信仰と斎場の形成 集会所としての斎場の形成「盤座」(巨石)信仰、「盤境」の形成、四至石などの結界的遺構、神山信仰(神奈備山)、銅鐸、銅剣のマツリ、祖霊信仰(氏神)、古墳祭祀

第4段階:古代(飛鳥、白鳳、奈良時代) 「社」(神社、ヤシロ)の成立 仏教の流入、修験道の成立

第5段階:奈良時代~平安時代:神仏習合思想の成立 山岳仏教(真言宗)、修験道の発展、仏像、御堂、芸能の成立

第6段階:鎌倉時代 鎌倉新仏教の流入、浄土宗、浄土真宗、念仏踊り

第7段階:室町時代 芸能の発達、板碑(供養碑)の流行

第8段階:近世(江戸時代以降) 御堂文化の隆盛、お大師講などの共同体を維持する講制度、庚申信仰(庚申塔)、地神さん(地神塔)、秋葉信仰(秋葉神社)、不動信仰(不動明王)、大師信仰(大師像)、地蔵信仰(地蔵さん、六地蔵)、お接待文化、遍路文化など

従来の
・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から
限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したい。ソラ世界においては、徳島剣山系の多種多様な傾斜地農業において
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴である。

忌部は宗教改革もおこなった。
(倭国創生、つまり大和王権を成立させるに至り、現在にまで続く宗教改革を行った。)

傾斜地農業は、結構な角度で、それが平地と比べると空気が滞留せずに循環し続けるのがいいみたいです。日本列島の中で火山活動の影響を受けていない特殊な地域で、農作物の栽培に不適な火山灰土壌(酸性土壌)が非常に少なく、農耕に適した土壌でもあります。

日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で、衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが数千年もの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事につながるであろうと。

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