2017年5月20日、21日開催「霊峰つるぎ山を訪ね、三木家ご当主と会う特別な忌部ツアー」

阿波忌部の聖地を巡る女神ツアー

日時:2017年 5月20日(土)-21日(日)
セミナー:林博章先生(阿波忌部研究第一人者)
「忌部文化のすべてを語る」
三木信夫氏(阿波忌部直系末裔)
「大嘗祭と阿波忌部」
定員:8名(定員になり次第〆きり)
会費:45,000円(一泊二食・バス代・リフト料金・セミナー費含む)

 

今回、林先生と三木信夫さんのお二人の話を聞けるという貴重な忌部ツアー

林 博章氏(はやしひろあき 古代史研究家)
1965年生まれ。青山学院大学法学部卒。2005年3月鳴門教育大学大学院修士課程修了(地理学)。
1997年から古代阿波の歴史研究に着手。
2004年には、阿波歴史民族研究会を発足、阿波再興と地域再生に向けて各産業界市民と連携して啓発・提案活動を行っている。
2005年6月には、第一回全国忌部サミットを企画し実行委員を務める。
2006年4月には「日本各地を開拓した阿波忌部の足跡~安房国編~」(吉野川市鴨島公民館)
2007年6月には「日本の建国と阿波忌部」を刊行、10月には吉野川市合併3周年記念事業「吉野川市と阿波忌部」を企画・運営・記念講演を行う。
2010年7月には、「倭国創生と阿波忌部(」京都大学名誉教授・上田正昭氏推薦)を出版する。
2006年から吉野川市の歴史講座の講師を務める。県立高校社会教諭

三木信夫さん
1936年 徳島県美馬市 阿波忌部氏直系の三木家に生まれる。 関西(かんせい)学院大学法学部卒業。 現在、「NPO 法人全国重文民家の集い」 副代表幹事 国重要文化財 三木家住宅の管理者。 三木家は、阿波忌部(いんべ)氏直系としての忌部氏であって、上古以来 歴代の践祚大嘗祭に、御殿人(みあらかんど)として「麁服(あらたえ)」 を調進して朝廷と深いつながりを持っていた。麁服調進は、南北朝動乱に 至り、以降中断していたが、復活して大正・昭和の大嘗祭にその任を果し ている。平成2年の大嘗祭は、旧木屋平村・山川町の大勢の方々の物心両 面での支援と協力により「麁服」調進の任を果した。 

 

林先生は 2015年9月5日「阿波忌部農法が世界を変える」セミナー

にて講演頂きました。

DSCN5317 - 2017年5月20日、21日開催「霊峰つるぎ山を訪ね、三木家ご当主と会う特別な忌部ツアー」

 

阿波忌部とは

大和王権成立の立役者となり、弥生末期から古墳前期にかけて、日本各地に麻・穀(かじ)を植え、農業・養蚕・織物・漁業・製紙・建築・古墳技術などの文化を伝播させた産業技術集団・祭祀族であり、しかも海洋民の側面をあわせもっていた集団。古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏であったと言われ特に忌部は祭祀のための祭具を調達していたとの事。

つまり、日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で
衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが約4,000年近くもの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事とつながるのではないかと思います。

 

阿波忌部農法とは

阿波の山間部は、降水量と日照が多い良好な気候に恵まれ、朝の冷たい空気は谷筋に降り、暖かい空気が集落付近に上昇するため、霜が降りない無霜地帯となり、この標高差がさまざまな上質の作物を育てる要因となっていました。また冷涼な気候は寒冷期にも強い品種を生み出し、高度な水利技術・農業技術とともに、良質の種を日本各地に伝播していったのでした。

阿波忌部農法の特徴としては
「21世紀をリードする、自然循環型の、生物多用性を保障する、健康志向の農産物を栽培する最先端の伝統農業」と林先生は位置づけ

従来の
・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から
限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したいという事で解説頂きました。

その中でも剣山系に山上集落が形成された理由として下記の特徴が挙げられます。

(1)第3世紀、4世紀頃火山岩に覆われることが少なかったので、古生層、中世層という日本最古の基盤岩が広く露出している。
(2)日本列島の中で火山活動の影響を受けていない特殊な地域で、農作物の栽培に不適な火山灰土壌(酸性土壌)が非常に少なく、農耕に適した土壌である。
(3)「結晶片岩」の特徴は、非常にミネラルを多く含むという点、玄武岩由来の結晶片岩が風化した土壌となる「赤土」もまた、鉄分やミネラルを多く含み、農作物の栽培に適した土壌である。
(4)結晶片岩が多孔質で粒が荒いため、空気をよく含み、保水力が良好で、排水性も良く、葉菜類、根菜類、果菜類、穀物類などの多用な農作物の生産が可能であった。
(5)徳島県には、中性岩の安山岩、酸性岩の花崗岩、流紋岩が少ない。主な火成岩は超塩基性岩と塩基性岩、ケイ酸を多量に含む岩意思が主流を占める。

剣山系の「世界農業遺産」に指定すべき各市町村は、いずれも1000m~1,650mの標高差を有し、それは常緑広葉樹林帯(照葉樹林帯)から冷温帯植物区(落葉広葉樹林帯)へと移行する推移帯、ひいては一部常緑針葉樹林帯へ至る極めて広範囲な垂直分布的植生分布をもつ地域に【ソラ世界】の生活、文化圏、農林産業圏が広がっている事になる。

※剣山系の農業を守ることは、日本屈指の植生や生態系を守ることにもなる。

 

次に剣山系の多種多様な傾斜地農業について解説頂きました。
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴

 

最後に3000年の歴史が続くには農業と共に信仰があったという事で

剣山系の伝統農業を支える信仰と習俗について第1段階から第8段階までの流れに沿って解説頂きました。

剣山系の3000年に亘る信仰の重層構造として
第1段階:縄文後期から原始信仰:アニミズム
影信仰(遺跡)、石窪信仰(遺跡)、石棒のマツリ、立石列石(ストーン、アライメント)

第2段階:縄文晩期~弥生:原始信仰の発展、特定の事物にカミ、精霊が宿る観念(カミ信仰)
森内部に簡素な石囲い(石殿)、立石列石、立石(メンヒル)

第3段階:弥生~古墳時代(本格的な農耕の開始):本格的なカミ信仰と斎場の形成
集会所としての斎場の形成「盤座」(巨石)信仰、「盤境」の形成、四至石などの結界的遺構、神山信仰(神奈備山)、銅鐸、銅剣のマツリ、祖霊信仰(氏神)、古墳祭祀

第4段階:古代(飛鳥、白鳳、奈良時代)
「社」(神社、ヤシロ)の成立
仏教の流入、修験道の成立

第5段階:奈良時代~平安時代:神仏習合思想の成立
山岳仏教(真言宗)、修験道の発展、仏像、御堂、芸能の成立

第6段階:鎌倉時代
鎌倉新仏教の流入、浄土宗、浄土真宗、念仏踊り

第7段階:室町時代
芸能の発達、板碑(供養碑)の流行

第8段階:近世(江戸時代以降)
御堂文化の隆盛、お大師講などの共同体を維持する講制度、庚申信仰(庚申塔)、地神さん(地神塔)、秋葉信仰(秋葉神社)、不動信仰(不動明王)、大師信仰(大師像)、地蔵信仰(地蔵さん、六地蔵)、お接待文化、遍路文化など

 

懇親会では阿波忌部農法の野菜を食しながら、参加者の方々からのご意見など

会場を提供頂いたかえもんさんから

女神ツアーにご参加頂いている方から素敵な詩の紹介

 

 
 

 

そして三木信夫さんは

有名な所では天皇陛下の大嘗祭

 

 

阿波忌部一族は、現在も徳島にいる、名前を三木と変え、現在も徳島にいる。 現在、三木信夫という人物が当主である。 三木信夫氏の父親が亡くなった時、皇室は従五位の官位を贈った。 また、三木信夫氏は、現在の平成天皇が即位する際、つまり大嘗祭に招かれている。 

 

国際日本農文化研究センターの設立へ

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農業版世界遺産とは何か

正式名は「世界重要農業資産システム」という。その土地の環境を生かした伝統的な農業、農法や農業によって育まれ維持されてきた土地利用、技術、農村文化や風習、風景、それを取り巻く生物多様性の保全を目的に世界的に重要な地域を国連食糧農業機関が認定するものである。2013年までに25か所認定されている。

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阿波のソラ世界の価値観の転換

古い貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から21世紀をリードする自然循環型の生物多様性を保障する、健康志向の農産物を栽培する最先端の伝統農業

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阿波忌部の聖地を巡る女神ツアー