110歳の誕生日

昇地三郎

こちらのブログで取り上げてからずっとアクセスが何故か多い

昇地三郎先生

の今日は110歳の誕生日 最後にお会いしたのが2009年で亡くなったのが2013年で107歳までご存命でした。

当時104歳の時の写真がこちら

その頃にはすでに世の中に広く知られた存在になっていて。。

身近にいるとそんなにすごい人だったのかな・・?と今でも思いますが(笑)

全然本人の口からは実績を語られないので、優しいおじさんというのが今も印象に残っています。

DSCN1274 - 110歳の誕生日

shochi - 110歳の誕生日

むしろ、書籍やTVを見ている方が実績をたくさん残されて素晴らしい活動を行っていたのだと

改めて感じる事が多く、恐らく好奇心旺盛なところについては私より70歳以上上の年齢であっても自分以上に持ち続けていた方だと感じます。

幸いにも、おじいさんのお兄さんという身近な関係でのご縁を頂いた身として、少しでも昇地先生の生前の活動をお伝えする事が誰からにとってプラスの影響をもたらす事になるのであれば、積極的に発信していこう。特に長生きの秘訣よりも障害児教育に対して、障碍者の自立!という点で想いと活動を何十年も続けられた事を自分なりに実感し聞いた事見た事を伝える人間になれればと。

 

 

お二人の子供が脳性小児麻痺になった際は“なぜ自分の家族だけが、こんな苦しみを味わわなければならないのか”いつ一家心中しようか迷っていたとの事です。しかし、懸命に生きる子どもの姿を見て、決して悲観してはいけない。そう考えるようになったと。

つらい出来事を通してしか知り得ないこと、感じ得ない幸福が必ずあります。暗闇の中でそっと輝く、その「小さな光」に目を向けられる、心の強さをぜひとも持ってほしいのです。

「人生は自分自身との戦いである。そうするとみな、悲しみの泥水は光となって、その1人1人の心の奥底に力を与えてくれる。私は100歳に自信を持って、自分の努力した道を伝えたいと思っている」

人生哲学の観点からすれば「人生は自分自身との戦い」。戦う相手は自分。誰しも、一生懸命やろうとする心と、怠け心をもっています。生涯現役と厳めしい顔をするのでなく、生涯現役を楽しんでいるのです。百まで生きて、元気に仕事をする。そのためには自立です。自分の人生を顧みますと「禍を転じて福と為す」の言葉に集約されるように思います。それに立ち向かっていくことを、私は各地で話したい。

 

 

 

人生に欠かせないSとR

Sはstimulation(刺激)Rはreaction(反応)

特に脳性麻痺の子にどういう刺激を与え、どういう反応が返ってくるのか 脳性麻痺の子は刺激を与えても反応が無い。

では、どうするか

先生がごろごろと子供を転がす事で子供は喜んで反応する。しいのみ学園には車椅子も松葉杖もないのは子供の体を動かして刺激を与える為。 また知恵遅れの子に対してはノートではなく新聞紙を床に置いて文字を欠かせる (ノートだとはみ出してしまうため) そうなると喜んで書いてくれる。喜びのあるうちに自分の名前を欠かせる。 というのを体で覚えさせる。

※許容度を上げる

子供は常に自分がどこまで許されるのかを見ている。

例えばしいのみ学園において勉強より遊びが大事だというと月謝を出しているのにという不満が出る。しかし子供にとっては勉強も遊びも一緒であり、積み木に色を塗っておくとその並べ方で配色の仕方を覚える。数字を振っておくと1の上に2を載せ、3を載せ4を載せと数を覚える事が出来る。 年齢を重ねた人間はただでさえ心も体も硬直してくるがそれをほぐすには笑いや遊びが一番!

 

 

昇地三郎