禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会

DSCN0708deweef 1 - 禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会

日時 2018年10月23日(火)19時~21時(開場は18時30分から)
場所:和泉橋区民館 5階洋室D
〒101-0041 東京都千代田区神田佐久間町1丁目11−7

詳細はこちら

禅の世界においては、事実をありのままに見る事が重んじられ、坐禅をしたり、瞑想をしたり、神仏に祈ったりすることは、「サムシング・グレート」と親しむための方法といえるでしょう。坐禅によって、誰もが「サムシング・グレート」に親しむことができ、心豊かになれると教えるところが、禅の現代的な意義であろうと思います。

過去開催から

我執を乗り越える発想

人間の我執というのは実はとても根強い。例えばこれは自分のものとか自分の言い分が正しいなど
人は誰でも自分にこだわりを持つ。自分への執着は生存本能の裏返しでもあるからある程度はやむおえないとしても度が過ぎれば害となってしまう。

それを乗り越える為には非常識な発想が必要

いくら考えても判断がつかないような時にも同じ事が言えます。チームのリーダーになればいくら検討しても結果の良しあしが予想出来ない中で決断を求められる事があり、そのような苦しい時に失敗のリスクを負って決断できるかどうか、まさにリーダーとしての勇気が試されるところ。
そこでリーダーが失敗のリスクを恐れ全体の利益よりも自己保身を優先するとしばしば間違った方向にチームを導くことがある。

困難な中で利己的な考えを棚上げにして冷静に判断するには我執を抑える発想が大切。

 

松下幸之助氏に学ぶ
・自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。これはいわば双方の生かし合いではなかろうか。そこから繁栄が生まれ、ゆたかな平和と幸福が生まれてくる

・断じて行えば鬼神でもこれを避けるという。困難を困難とせず思いを新たに決意をかたく歩めば、困難がかえって飛躍の土台となるのである。要は考え方である。決意である。困っても困らない事である。


実際に実生活におけるケースで

周りからは成功していると言われている経営者さん

会社が大きくなる事と経営者が幸せになる事は必ずしも一致しない
例えば
「死にたい」という経営者。でも業績はOKで周りから成功者と言われている。

何故?となった場合
ITのエンジニアで元々現場が大好き。
進めていくうちにお客さんが多くなり仕事が多くなり人を雇い・・・
そのうち
会社は大きくなりステージが変化していくが
管理が仕事になり、現場に入る事がなく、もともとが技術者タイプでリーダーシップは得意ではない。

そのうち会社の新規事業がいつの間にか役員会で決まり10億必要です。となって自分が借金を背負うと。

向き不向きがあり適材適所があるが、本来はあなたが幸せにならないと意味がない。

何の為に独立したのか・?
間違っているのが経営の価値基準
売上と利益、従業員数、上場
いざそうなった人たちがすごい不幸になっている。

周りの目で価値基準が決まっている。自分が通過して求めていない所まで行ってしまい不幸になっている方が多い。

会社を大きくするのは経営者ではなく、、 お客さんであることが多い
いい人なら断らずに頑張って 自分1人では無理だから人を雇う
その繰り返しで
いつの間にか大きくなり

意図せずに会社の規模が決まっている。
それはあるべき像を明確にしていないから意図しない所に突っ込んでしまっている事

あとは稼いだお金をどう使うのか?
お金を稼ぐのはいいとしても
その後を聞くと答えれないケースが多い

という事で自分自身の価値基準を決めないといつの間にか会社は大きくなっても本人が幸せになるかどうかとは別。
なるほどと思わせる内容でした。自分自身もニーズを拾って拾ってお客さんの為にと考えても、いつの間にか抱えすぎて苦しくなっているケースも多くどこに基準を置くかを改めて考えさせられました。

 

DSCN0708deweef 1 486x290 - 禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会