禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会開催

禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会

<全体の流れ> 禅は、2500年前のお釈迦さまの時代から、仏教の大事な瞑想修行の方法として受け継がれてきました。しかし、本格的に坐禅をするには、指導してくれる道場が少ない、初心者にとってかなり足が痛くて苦痛であるなどの問題があります。 そこで、この勉強会では、誰でもできる禅的な瞑想法として、イス禅を皆さんと一緒に実習します。その後、『無門関』(むもんかん)、『碧巌録』(へきがんろく)など禅の古典から、現代に生きる私たちにも役立つ禅の話をご紹介いたします。

碧巌録(へきがんろく)』第七則「慧超問仏(えちょう-もんぶつ)」

この禅話の主人公は、法眼文益(ほうげん-ぶんえき)禅師(885年~958年)です。法眼の宗風は、「啐啄同時(そったくどうじ)」という特徴があります。「啐啄同時(そったくどうじ)」とは、つぎのように説明されます。

 

「鶏(にわとり)の雛(ひな)が卵から産まれ出ようとするとき、殻(から)の中から卵の殻をつついて音をたてます。これを「啐(そつ)」と言います。そのとき、すかさず親鳥が外から殻(から)をついばんで破る、これを「啄(たく)」と言います。そしてこの「啐」と「啄」が同時であってはじめて、殻が破れて雛が産まれるわけです。これを「啐啄同時」と言います。」

 

禅における「啐啄同時(そったくどうじ)」とは、修行が熟して悟りに近づいた弟子に対して、師匠が適切な教示を与えて、悟りの境地に導くことです。

ビジネスの世界でも、人を教育したり、指導したりするのには、潮時(しおどき、タイミング)を見ることが大事でしょう。相手が「しまった、悪かった」と思ったときに、ピシッと注意できれば、相手の心に響く訳ですが、タイミングが早すぎても遅すぎても、効果が薄れます。

 

 

『碧巌録(へきがんろく)』「第七慧超問仏」の本則評唱より

昔、玄則という修行僧が、法眼禅師の禅道場にいたが、一度も法眼に参禅して指導を仰ごうとしなかった。そこで、ある日、法眼禅師から質問した。

法眼禅師「則公よ、お前は、私の寺に来てから、どの位の時がたったか?」

則公「私はここに参りましてから、すでに三年たちました。」

法眼禅師「お前は全くの後輩だ。それなのに、なぜ、わしに参禅しないのか?」

則公「老師はご存じないと思いますが、私は、かつて青峰(せいほう)禅師の寺に
おりましたときに悟って、安楽な境地を会得しております。」

法眼禅師「お前は、どういう次第で悟ったのか、話してみよ。」

則公「私は、かつて青峰禅師に質問しました。
「いかなるか、これ仏?」(仏法の眼目は何でしょうか?)
それに対して、青峰禅師が「丙丁童子来求火(へいていどうじ-らいぐか)」
(丙丁童子、来たって火を求む)といわれ、そのとき、私は悟りました。」

法眼禅師「なるほど「丙丁童子来求火(へいていどうじ-らいぐか)」とは良い言葉だ。
しかし、おそらくお前は、この言葉の意味を取り違えているだろう。
さらに詳しく、お前の心境を言ってみよ。」

則公「丙丁童子(へいていどうじ)とは、「火の神様」のことでしょう。
「火の神様が火を求める」とは、本来、仏である私が、「仏とは何か?」と
尋ねたのと同じことです。私自身が仏なのに、さらに仏を尋ねるのは、
いらざることだ、理解しております。」

法眼禅師「やっぱり、お前は誤って受けとっている。本当の悟りではない。」

そのように言われた則公は「私がはっきり悟っているのに、こんな事を言われたのでは、かなわない」と腹を立て、法眼の禅道場から出ていった。

法眼は、「惜しい男じゃ。この人がもう一度頭を下げて戻って来るならば、救うことができるが、戻って来なければ、救いようがない」といわれた。

則公は、法眼の道場をあとにしたが、途中まで行ったところで、しみじみ考えた。
「法眼禅師は、五百人の修行僧を指導している大和尚だ。私をだますわけがない。
あのように言うのは、何か深い理由があるのだろう。」
そこで、再び、法眼禅師のもとに帰って、今度は、真剣に参禅した。

法眼禅師「わしに向かって、何か問うてみなさい。わしが答えてあげよう」

則公「いかなるか、これ仏?」(仏法の眼目は何でしょうか?)

法眼禅師「丙丁童子来求火(へいていどうじ-らいぐか)」(丙丁童子、来たって火を求む)

則公は、「丙丁童子来求火(へいていどうじ-らいぐか)」という言葉を法眼禅師から聞いたとたん、今度は、本当に悟りが開けた。

 

法眼は、「相手の言葉を使って相手を悟らせる」ことが得意な禅僧でした。上記の話にも、法眼の指導法の特徴がよく表れています。
則公は、青峰禅師のところで、「自分は、本来、仏なのだ」と頭で理解し、仏教学的に知って満足していました。そのため、天下に名高い法眼禅師の道場に来ても、いっこうに参禅することなく、黙々と事務方の仕事を手伝いながら、修行をしていました。
法眼の時代は、修行僧の方から積極的に老師の指導を求めて参禅する習慣でした。500人も修行僧が集まっていた大道場ですから、周りの先輩たちも心配して、則公に参禅を進めたと思います。しかし、則公は、そうとう気位の高い人だったらしく、「自分はすでに悟っている」と思い込んで、参禅しませんでした。
法眼は、参禅に来ない則公のことをひそかに気にかけていたのでしょう。それでも、がまん強く三年も時節が来るのを待って、機を見て法眼の方から則公に声をかけたのでした。
最初の問答で、法眼から「お前は悟っていない」と否定された則公は、ひどく腹を立てて、法眼の道場をあとにしました。法眼は、そのような則公のことを怒ることもなく、ひたすら慈悲の心で、則公が自分の思い込みを捨てて戻ってくることを願っています。

 

禅の修行においては、「大疑団(だいぎだん)」・「大信根(だいしんこん)」・「大憤志(だいふんし)」あるいは「大勇猛心(だいゆうもうしん)」が必要であるとされます。

禅の道を進む者にとっては、「大疑団」・「大信根」・「大憤志」を欠いてはならないといわれている。「大疑団」とは、自己存在を脚下(きゃっか:あしもと)から揺すぶるような疑問に撞着(どうちゃく)すること。「大信根」とは、この疑問に対する答えは、必ず自分のうちから湧き出てくるという絶対的確信。そして「大憤志」(大勇猛心)とは、この疑問の解決には、命も惜しまないという強い意欲である。
臨黄ネットの「禅語」よりhttp://rinnou.net/cont_04/zengo/1410.html

自分はこれでよいと思っているうちは、コップに水がいっぱいに入っているようなもので、老師の教えが心に入って行きません。まず、修行者の心のコップを空にさせるために、老師は参禅に来るものを何度も否定して、コップの水を吐き出させます。
コップが空に近づくと、ようやく「今のままの自分では、根本的にダメだ」という大疑団が起こってきます。その上で、「修行により必ず成長できる(悟れる)に違いない」という大信根(未来に対する期待もしくは確信)と、「苦しくても頑張りぬくぞ」という大憤志・大勇猛心があると、禅の修行が進んでいくとされます。

この三つの段階のうち、「大疑団」が一番大事でしょう。お釈迦さまは、28歳で王子の地位を捨てて出家されたときに、すでに人生に対する高いレベルのとても大きな「大疑団」をお持ちでした。だからこそ、数年間の修行により、「ブッダ(最高の悟りを開いた人)」になられました。しかし、凡人である私たちは、お釈迦のような「大疑団」をなかなか起こせないものです。

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