禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会開催

古典に学ぶ人間学勉強会

<全体の流れ>
禅は、2500年前のお釈迦さまの時代から、仏教の大事な瞑想修行の方法として受け継がれてきました。しかし、本格的に坐禅をするには、指導してくれる道場が少ない、初心者にとってかなり足が痛くて苦痛であるなどの問題があります。
そこで、この勉強会では、誰でもできる禅的な瞑想法として、イス禅を皆さんと一緒に実習します。その後、『無門関』(むもんかん)、『碧巌録』(へきがんろく)など禅の古典から、現代に生きる私たちにも役立つ禅の話をご紹介いたします。

○道元『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』
第一「現成公案(げんじょうこうあん)」より
道元禅師(1200年~1253年)は、鎌倉時代に宋にわたって如浄(にょじょう)禅師の法を嗣ぎ、帰国後に日本の曹洞宗の開祖となられた方です。道元は、28歳で天童如浄禅師の法嗣(はっす)となって日本に帰国されたあと、最初は、もともと所属していた建仁寺(栄西が創建)に戻りました。
32歳のとき、ご自分の禅道場を持つため、建仁寺を出て山城の深草に移ります。その時期から和文で『正法眼蔵』を書き始められ、45歳で越前の大仏寺(のちの永平寺と改名)に移った後も書き継がれ、54歳で示寂されるまで、書き続けられました。
『正法眼蔵』は和文(日本語)で書かれた仏教書としては、最も哲学的で深遠な教えであると言われております。しかし、何分、道元禅師が54歳の若さで示寂されたこともあり、未完の大作になっています。
『正法眼蔵』は、道元禅師が折々に書かれた短文を集めたものですが、道元自ら編集した75巻本と最晩年に100巻を目指して書き始めた12巻本が伝わっています。あわせて87巻(75巻本+12巻本)を現代では『正法眼蔵』とします。江戸時代に曹洞宗の本山が、『正法眼蔵』に含めてもよいのではないかと考えた数章を追加して編集した95巻本(本山版)もあります。岩波文庫では、本山版の95巻本が採用されています。

抜粋
①自己をはこびて、万法(まんぽう)を修証(しゅしょう)するを、迷(まよい)とす

②万法(まんぽう)すすみて、自己を修証(しゅしょう)するは、さとりなり。

③迷(まよい)を大悟(たいご)するは、諸仏(しょぶつ)なり、
悟(さとり)に大迷(だいめい)なるは、衆生(しゅじょう)なり。

④さらに悟上(ごじょう)に得悟(とくご)する漢(かん)あり、
迷中(めいちゅう)又迷(うめい)の漢(かん)あり。

<現代語訳>
①自分を中心にしてあらゆる存在を解明しようとするのは、迷いである。

②修行によって、あらゆる存在が自己に向って真理を示すようになることが、悟りである。

③迷いを迷いだとはっきり自覚し分かっているのが、諸仏である。
悟りとは何かが分からず迷っているのが、衆生である。

④悟りの上にも悟りを重ねて、真理をどんどん広げ深めていけるのが、仏さまである。
迷いに迷いを重ねるのが、衆生である。

「迷中又迷(めいちゅう-うめい)」のとき、仕事や人間関係がうまく行かないとき、病気をしたときなどは、苦しみに徹していくことが禅の教えです。いまは、苦しみを味わうときだと開き直って、「迷中又迷(めいちゅう-うめい)」に徹していくことが、修行者の人生態度として大切なのだろうと思います。

何でも改善すべきという考え方が全てうまくいくものではなく、落ち込んだ時はそのまま落ち込むときも大切なのではないかと。
五木寛之も曰く「本当に地に堕ちた人間しか本物のプラス思考にならない」と。
また、5分で出来る〇〇や3日で出来る〇〇というものとは正反対で、長い年月がかかるかもしれないけれども、苦しみを味わうからこそあの時の経験体験があったからこそと将来いえるのではないか。逆に無理やりプラス思考に持っていこうとした場合に、何かもしくは誰か、何かの教えにすがりつきながらでないとプラス思考を維持できなくなるのではないかとの事で、深く感じる事でした。

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