10月1日は東京思風塾第5回テーマ「年代別愛の子育て~感性論哲学教育論~」

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10月1日は東京思風塾第5回テーマ「年代別愛の子育て~感性論哲学教育論~」 の開催

思風先生が提唱する

「愛の子育て」5つのポイント
~感性論哲学 年代別教育論~

1. 教が育を超えてはいけない

教育とは、「育」が主体で、「教」がその手段です。教えるという行為が、育てる、引っ張り出すという行為を阻害することになってはいけません。引っ張り出すために教えるのであり、能力を開発するために教えることが基本です。

その人間が持っている資質や素質を引っ張り出してあげるのです。子どもは、見たがり、聞きたがり、触りたがりで、知りたがり屋です。見たい、聞きたい、触りたい、知りたいという欲求を抑えてしまわないこと。現在の教育では、あまりにも教え込もうとするため、欲求が出てこない、何をしていいのかわからない、何がしたいのか解らない子どもが増えています。見たい、聞きたい、知りたいという欲求が自分から出てくるように育てる。自分の力で「やったぁ~」という感動と喜びを味あわせることです。

2.問う力を育てる

(欲望・欲求を引き出すために、理性を使う)

学校では、先生が問題を与えて、子どもが答える。子どもは、問題を与えられるのを待っているという待ちの姿勢です。問題は、子どもの心の中から出てこなければいけません。「問う」ということの中に、欲求や欲望が含まれています。

欲求や欲望が湧いてくる、問題意識が湧いてくることが大切なのです。子どもの中から問題意識が湧いてくる前に、親や先生が問題を与えてしまうと、子どもの自発的な能力が出てこない。人間的な理性を作るために、子どもの中から湧いてくる問題や興味・関心・欲求・欲望に対して、どうすればよいのかということを子ども自身に考えさせることが大切です。

自由奔放に遊ばせること。ゲームなどではなく遊びを考えさせる。その遊びの中から、自分で創意工夫をしていくことができるようになってきます。遊びの中でいろいろな問題にぶつかったとき、どうしたらいいのかと考え、独自のルールを考えたり、失敗しながら、創意工夫することが知恵を作るのです。教えなければいけないのは知識ではありません。意味や価値や素晴しさ、楽しさです。何かをやらせようとするとき、どこに面白さがあるのか、どこが素晴しいのか、その能力を持てばどんなことができるのかを感じさせてあげる。

興味・関心、意味や価値や素晴しさを感じたら、あとは放っておいても自分で求めはじめます。

問題や悩みを持つ前に、知識を持ってしまうと、既に与えられた知識によってしか対応できない人間になってしまいます。

 

3.自分がその頃どうであったかを思い出しながら教育する

常に自分自身がその年代、どうしてもらったのか、その時どう感じたかということを思い出しながら教育することが大切です。ほとんどの場合、父親や母親の立場から、子どものことを心配して、言ってはならないことを言い、してはならないことをしています。自分が10歳の頃どのようにしてもらったか、15歳の頃どうであったか、どのように接して欲しかったかということを思い出しながら子どもに接することが大切です。自分が親からされていやだったことなど、反面教師的なこともあるかもしれません。

 

4.いつも目に愛の光を

子どもは空なる気を吸って育ちます。空気とは、空なる気です。目に見えないのです。気とは感性です。空気を吸うとは、まさに目に見えない感性を吸って生きているのです。
教育において一番大事なものは、言葉ではありません。空間が与える意味や価値や値打ちです。目つき・表情・態度です。子どもに対するとき、お父さんやお母さんが自分に対して、どういう目つき・表情・態度で接してくれているかが、最大の意味や価値を持つのです。目は口以上にものを言います。目は口ほどにものを言う」と言われますが、実際は口以上にものを言っています。眉間にしわを寄せて、怖い目で「楽しいね」
と言っても楽しさは伝わりません。

言葉は理性。
目つき・表情・態度は、感性です。
感性は、ウソを言えません。
理性はウソが言えます。
雰囲気は目つき・表情・態度が作るのです。

空間は感性の海です。
理屈を超えた雰囲気を作るのは、目つき・表情・態度です。
感性だから伝わるのです。
いつも目に愛の光を持って接してください。

 

5.親の生きる姿勢を見せる

生きる姿勢とは、その人がどういう問題意識を持って生きているかということです。父親とは何か、母親とは何か、どうあるべきかという自分の存在に対する問いかけを常に意識しながら生きることです。立ち居振る舞い・生きざまが、非常に強い教育力・感化力を持っているのです。

この5つが「愛の子育て」
人材(人財)教育ではない、人物教育のポイントです。

8月6日第5回東京思風塾

「意志の力を育む~感性論哲学意志の力論~」をテーマに開催

感性論哲学では人生は意志と愛のドラマであると説いています。

何故、人生は意志と愛のドラマなのか?

その根拠は人間はみんな自分の意志を達成する為に生まれ、そして素晴らしい人間関係を築くために生きている。

何故それを断定できるのか?

それは生命の起源から考える必要があります。

生命には目的があり、生物学的には目的のない生命は存在しない

つまり命は目的を実現する為にある。

そして、命には命よりも大事なものがある。命は手段である。目的を実現する為に使う手段が命

命が一番大事になってしまうとこれをしたら死んでしまう。怪我をするから、病気になるからという
感動的な命が燃える様な人生が生まれない

 

 

意志の強い人間になろうと思ったら

意志とは決断であり、決断における重要性は「断」である。つまり何かを選び取る事よりも選び取った後に切って捨てる。多くの可能性の中から選び取ったならば他のものへの思いを断ち切り、これにかける!という覚悟が大切。

選んだだけでは決断ではない。決断は逃げ道を断つこと

そして、意思を実現するのは行動することと一緒であり、行動するには命から湧いてくるものがなければいけない。命から湧き上がるものは
興味関心好奇心。欲求の部分があるのかが大切!

理屈ぬきに抑えがたきものがあるのかを自分自身に問い続ける事が大切であり
それを理性で抑えつけるのではなく理性を活かして
欲求をいかに実現するかに理性を使う。

理性のみの行動は苦しみ辛さ、ストレスが加わってしまう。

 

どんな問題でも乗り越えられる

何故そんな事が言えるのか。ほんとうの問題というのは今自分の力で乗り越えれるものではなく万策が尽きたというのが本当の問題。それは命を作った母なる宇宙が愛の試練として与えてくれる。母なる宇宙は命を進化させる為に環境の激変を命に与えてくれる。

それをしないと命は進化しない。

 

 

6月4日第4回東京思風塾

今回は思風先生が6月2日に74歳の誕生日を迎えられた事もあり東京思風塾の皆さまと先生のお祝いを開催しました。

芳村思風先生誕生日祝い

 

芳村思風先生誕生日祝い 芳村思風先生誕生日祝い

今回の東京思風塾のテーマは

「愛の実力を育む 感性論哲学愛の実力論」

何故世の中に、そして全世界的に人間関係が崩れているのか?
愛が大切という人は多くても隣人との関係に悩むのか?

思風先生からは3つの原因があると教えて頂きました。

 

  • 愛の欠如
  • 身勝手な愛
  • 愛の未熟さ

 

 

1、愛の欠如とは何なのか?

相手に対する思いやり、そして心遣いや相手の立場の配慮

正論をふりかざしても、そこに心が無ければただただ人を責めるだけにつながってしまう。
直接的に問題点を指摘する事において、思いやり、心遣い、配慮が無ければ理性的な考えで物事を見てしまう事に問題がある。
それは会社の中でも家庭の中でも多々見られる事で、日々の日常において相手の気持ち、思いやりを持つには感情的にならずに常にそういう心構えが出来る訓練(努力)によって持つ力が磨かれる。

2、身勝手な愛

自己中心的な愛 愛しているつもりの愛

例えば親は子供を愛しているが子供がそれを感じていない。子供が求める愛と親が与える愛にすれ違いがあり、伝わっていない。夫婦関係、親子関係、会社関係にも多い

 

3、愛の未熟さ

愛というのは基本的に求める愛から与える愛に成長していく。中にはいつまでも、一生愛を求める続けている人もいる。本当の愛というのは小さい頃は求めるものでも、年を重ねるにあたって、子供が親になり子を持ち、子供の為に!見返りを求めない与えつくす愛

その様に成長していく。

「愛される喜びから愛する喜びへ」

 

そして人類の崩壊の原因を哲学的に考えていくと本質的な原因は

・我々が信じて愛してやまない民主主義社会というのが人間関係を崩壊させている事に気がつかないといけない
民主主義社会というのは全ての人間が基本的人権があるという考え
権利の主張のバランスが取れた所で契約を主にして行うのが民主主義社会の基本原理(契約社会)

権利を主張して自分を守ろうとする所に
義務を果たさずに権利を主張するという事になるのが間違いであるがそういう傾向性にある。

義務を出来るだけ果たさない努力をし権利は限りなく主張するという
義務を果たした人間にしか権利が無いのが本来あるべき姿である。

なぜ権利を主張する人が多いのか
封建的な中世の時代から脱却しようとしていたかの歴史的な背景から
封建的な時代において求められるのが義務的身分制度などから脱却しにくいから権利を主張して民主主義社会が生まれた。
※封建的(個人の自由・権利よりも上下の人間関係を重んずるさまや,上の者が下の者に対して強圧的であるさまなどをいう)

義務を果たしていれば民主主義は成り立つが、問題は「義務を人を責める道具に使っている。」事

 

経営の視点から

経営理念を掲げる事も多いが経営理念だけでは本当に会社の価値を創り、仕事への自信を創り出すにはまだまだ。
経営の本質は何なのか?のところからスタートしないといけない。本質と理念が結びついてこそ、柱が出来、ぶれない信念が確立される。

経営理念を掲げる、語るだけではなく本質から考えて結合していく。

経営、経済の本質から紐解いていかないと経営理念の根拠に結びつける事ができない。
「会社の前に経営の本質はこうだ!こうあるべきだ!」
から
「自社の経営理念はこうであるべきだ!」

という順番で
誰かが掲げているものを自社に応用するという事ではなく
例えば、経営が社会や人を幸せにするものであれば
それを根拠に本質の幸せにするという視点から自社が提供可能な事に合わせて
人を育てる事なのか、商品に価値をもたらせる事なのか?

それによって世の中や人が幸せになるか?という視点で考えていく事が大切

 

 

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