徳島、阿波忌部で榮さんと再会

阿波忌部

徳島に移住された榮さんと再会

昨年一緒に林先生の講演を聞いてから移住、現在に至るまでと、大活躍です。

 

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徳島剣山世界農業遺産支援協議会通信-No.26

剣山系の農文化を紹介 道の駅貞光で写真展

昨年11月に開催した林先生の講演依頼

 

阿波忌部とは

忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏だった。
特に、忌部は祭祀のための祭具を調達。

阿波勢力(阿波忌部族)は海部とともに大和王権の成立直前となる2世紀後半から4世紀頃に、日本各地へ進出。
彼らは、麻・穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・音楽(弦楽器)・建築・漁業・農業土木技術を伝えた祭祀族、海洋民、産業技術集団であった。
また、近畿に大和王権の象徴となる前方後円墳の諸要素と古墳築造技術を伝えた。そして、大和王権成立の立役者となった。

 

日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で、衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが数千年もの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事につながるであろうと。

阿波忌部農法の特徴としては
「21世紀をリードする、自然循環型の、生物多用性を保障する、健康志向の農産物を栽培する最先端の伝統農業」と林先生は位置づけられ

従来の
・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から
限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したい。ソラ世界においては、徳島剣山系の多種多様な傾斜地農業において
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴である。

忌部は宗教改革もおこなった。
(倭国創生、つまり大和王権を成立させるに至り、現在にまで続く宗教改革を行った。)

 

特に剣山系の山上集落に関しては

(1)第3世紀、4世紀頃火山岩に覆われることが少なかったので、古生層、中世層という日本最古の基盤岩が広く露出している。
(2)日本列島の中で火山活動の影響を受けていない特殊な地域で、農作物の栽培に不適な火山灰土壌(酸性土壌)が非常に少なく、農耕に適した土壌である。
(3)「結晶片岩」の特徴は、非常にミネラルを多く含むという点、玄武岩由来の結晶片岩が風化した土壌となる「赤土」もまた、鉄分やミネラルを多く含み、農作物の栽培に適した土壌である。
(4)結晶片岩が多孔質で粒が荒いため、空気をよく含み、保水力が良好で、排水性も良く、葉菜類、根菜類、果菜類、穀物類などの多用な農作物の生産が可能であった。
(5)徳島県には、中性岩の安山岩、酸性岩の花崗岩、流紋岩が少ない。主な火成岩は超塩基性岩と塩基性岩、ケイ酸を多量に含む岩意思が主流を占める。

剣山系の「世界農業遺産」に指定すべき各市町村は、いずれも1000m~1,650mの標高差を有し、それは常緑広葉樹林帯(照葉樹林帯)から冷温帯植物区(落葉広葉樹林帯)へと移行する推移帯、ひいては一部常緑針葉樹林帯へ至る極めて広範囲な垂直分布的植生分布をもつ地域に【ソラ世界】の生活、文化圏、農林産業圏が広がっている事になる。

※剣山系の農業を守ることは、日本屈指の植生や生態系を守ることにもなる。

歴史が続くには農業と共に信仰があったという事で

剣山系の伝統農業を支える信仰と習俗について第1段階から第8段階までの流れに沿って解説頂きました。

阿波忌部