学校教育について

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池川先生、神谷さん対談の動画から

世の中の見方としては、赤ちゃんは真っ白で、何も持っていない所から教育を施して子供の能力を伸ばすという考え方

胎内記憶ではブループリントを持って産まれてきていて、既に能力を持って産まれてきているので、その能力を発揮する。
いろんな能力を持ってきているから、一律の教育ではなくその子その子にとっていい教育があるとのことで、
飛び級の子がいてもいいし、何年もかけて卒業する子がいてもいい。

個々人の能力を伸ばすという点では、ヨーロッパのいろんな教育が役に立つんだなぁと思い、以前見ていたペスタロッチのゲルトルート児童教育法は参考にしていて

教育の目的を、子どもが精神的(頭)、道徳的(胸)、身体的(手)に調和のとれた発達をするように援助する

人間の認識の唯一の基礎を「直観」であるとし、直観できる認識の基礎は、数・形・言語の3つであるとしました。事物を認識する条件として、「いくつあるか」「どんな形をしているか」「何と呼ばれているか」

 

もう1つ印象的だったのが学生スタッフ時代の講師で来られてた炭谷先生のデンマークで感じた子供の可能性を引き出す探究型の教育でベースにおいてるのはモンテッソーリ

 

そんな流れで個々の能力を伸ばす!というのは共通しているところで、池川先生からは
現状子供たちが学校教育にNOと言ってて、それに対して国がどこまで耐えれるかの状況に来ていて
学校が受け入れなかったとしても、まずお母さんが認めて信じてあげる事。
(池川先生からは提供する側が変わらなければ受ける側が変わればいいとのことで、教育も医療も変わる事を期待するより受ける側から変えていく)

お母さんが認めてあげる時に大切なのは
お天道様が見ている、神様が見ているという目に見えない所の道徳の部分と仰っていて
尚且つ、美しい生き方や考え方を子供のころから身に着けていくには感性が大切

特にWEBの世界にいると、人前では緊張したり、何も言えない子でも、パソコンの世界では力を発揮する子がいたり、絵にしたり漫画にしたりが得意な子もいれば、地道に何かをコツコツとやり続ける子もいたり。作家の様な文章力を持った子もいる。うちに来ていた子でも、そんな能力を持っていながら、活用する場が自分の様な上の立場にいる人間がちゃんと仕事として収益として得られる場を用意出来ないとなかなか能力を持っていても変わらないんだろうと。そう思うと先生の言うお母さん側から変わるのと同様に、会社であれば上が変わるの視点が重要で、その子が持っている能力については、日々観察しながらじゃないと難しいなと。日々の関わりの中で感じる事。この子はこんな能力があるというのを本人は分からなくても周りの人間が気づいてそれを伸ばしていく環境の大切さを感じます。

自分も、単純にパソコンやWEBの世界に興味を持って、のめりこんだところからのスタートだったのが、今今仕事に活用できるからいいものの、もしパソコンやWEBが趣味の世界で終わっているとしたら仕事にはなっていない訳で、、それがゲームとかアニメとか音楽とか何か視野を広げて、一部分のものすごい能力を持った人だけが生き残る世界ではなく、能力があればそれを活かせる場があれば、いろんな形で活用出来ればなと。

+父親を見てて思うのは、もし尺八の先生をしていて、それがずっと続いていたとしたらやりたい事が出来る状況がずっと続いていたかな?と思う時があり、世間体で家族を養う、生活の方が大切だからで仕事を変えなければいけないの選択になったのが本人にとっては本当にやりたい事だったかな??と思うところがあり、無理やり仕事に絡めた能力を探さないといけないという世間の目も外すところまでいければ、全然違う世界が見えるかなと。

大学時代にスキューバサークルにいた際も、直観と感動で海に魅せられてよくOLさんが仕事辞めてインストラクターになりたい!というケースも多く、年齢に関係なく興味を持ったものにのめり込む事は素敵だなと感じます。

自分はまだ未経験領域ですがそれが子育てになると毎日、毎秒関わっている中で、子供さんのマイナスな部分を見てしまうと全てがダメという見え方になってしまうのですが、いいところを見て、伸ばして、感謝される所まで行ければ、見方も変わるだろうなと。

その辺りは親の方の意識や心がけがしっかりしていないといけないんだなぁと痛感します。

さらに、これからの時代を考えると、子供のころから生き方を学んでいかないと
組織に頼った生き方だけしか知らないと、それに外れた時にどうすればいいか分からなくなってしまうということで
自分の力で稼げる人、組織が無くても生き抜いていける力を身につける事の大切さを教えて頂きました。

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