林博章先生が活動されている阿波忌部のにし阿波の傾斜地農耕システムが『日本農業遺産』に認定地域に決定しました。
平成29年3月14日
農林水産省
農林水産省は、「平成28年度 第1回世界農業遺産等専門家会議」の評価結果を踏まえ、世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定を行う地域について決定しました。
四国中央部の「にし阿波」と呼ばれる徳島県の山間部では、場所によっては傾斜度40度にもなる急傾斜地で段々畑の様な水平面を形成せずに傾斜地のまま農耕し、風雨などで起こる土の流出を草地で採取した敷き草を畑にすき込むことで最小限に抑え、そば等の雑穀や伝統野菜に山菜、果樹など少量多品目を組み合わせる複合経営により、山間地の環境に適した持続的な農耕システム
400年以上にもわたり、この農耕システムが継承されてきたことにより日本の原風景ともいえる山村景観、保存食への加工や食文化、そして農耕にまつわる伝統行事なども人々の手で守られ継承されています。
阿波忌部の農法については、林先生の講演
林 博章氏(はやしひろあき 古代史研究家)
1965年生まれ。青山学院大学法学部卒。2005年3月鳴門教育大学大学院修士課程修了(地理学)。
1997年から古代阿波の歴史研究に着手。
2004年には、阿波歴史民族研究会を発足、阿波再興と地域再生に向けて各産業界市民と連携して啓発・提案活動を行っている。
2005年6月には、第一回全国忌部サミットを企画し実行委員を務める。
2006年4月には「日本各地を開拓した阿波忌部の足跡~安房国編~」(吉野川市鴨島公民館)
2007年6月には「日本の建国と阿波忌部」を刊行、10月には吉野川市合併3周年記念事業「吉野川市と阿波忌部」を企画・運営・記念講演を行う。
2010年7月には、「倭国創生と阿波忌部(」京都大学名誉教授・上田正昭氏推薦)を出版する。
2006年から吉野川市の歴史講座の講師を務める。県立高校社会教諭
林先生のセミナーで阿波忌部を知ってから、徳島剣山系での農業を今後行っていきたいという事で徳島に移住を決意した方から、現地での様子についてお話し頂きました。
ちょうど移住し、案内して頂いた1年前
阿波忌部とは
忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏だった。
特に、忌部は祭祀のための祭具を調達。
阿波勢力(阿波忌部族)は海部とともに大和王権の成立直前となる2世紀後半から4世紀頃に、日本各地へ進出。
彼らは、麻・穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・音楽(弦楽器)・建築・漁業・農業土木技術を伝えた祭祀族、海洋民、産業技術集団であった。
また、近畿に大和王権の象徴となる前方後円墳の諸要素と古墳築造技術を伝えた。そして、大和王権成立の立役者となった。
日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で、衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが数千年もの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事につながるであろうと。
阿波忌部農法の特徴としては
「21世紀をリードする、自然循環型の、生物多用性を保障する、健康志向の農産物を栽培する最先端の伝統農業」と林先生は位置づけられ
従来の
・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から
限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したい。ソラ世界においては、徳島剣山系の多種多様な傾斜地農業において
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴である。