6月7日芳村思風先生の東京思風塾第3回 「理性革命~理性の正しい使い方」

6月7日芳村思風先生の東京思風塾第3回 「理性革命~理性の正しい使い方」~理性の奴隷となるなかれ~
をテーマに開催。
近代、人間の本質は理性と捉えられて合理化を進めてきた。その結果、自然破壊、環境破壊、人間性の破壊etc

様々な問題に関連する中でも離婚激増、高齢者虐待、宗教や民族の違いで簡単に戦争をしてしまう様な状況が現在の社会の現状があり、人間が理性化されることで同じ考え方の人しか愛せない、同じ考え方の人としか仕事が出来ないという意識になりつつある。

そんな時こそ違いがあっても認め合ってやっていこうという考えが大切

 

理性による抑圧の結果
ストレスが生じ、精神の病が発生する。それが精神の病だけではなく肉体の機能にも影響して病気に影響する。というのが理性との深い関わりが医学的にも解明されてきている。
何故理性を基に活動して病気になるのか?何故理性が命から沸く欲求、関心、本能を抑えるべきなのか?
感性論哲学の立場からすると命全体が有機的に関わって、命を構成するあらゆるものが関わっている。命から沸いてくる様々な現象を理性で抑えている。

 

本能と理性をどう協力させて助け合わせて働かせるかそれがないと本当の命の有機性と健全性を取り戻すことは出来ない。そのことを提案しているフロイトの深層心理学と感性論哲学との違いはフロイトにおいては、本能や欲求を理性から開放すると病気は治るという次元
感性論哲学では、本当に我々が健全な命のあり方というのを有機性が大事という考えであらゆるものを協力することが有機性
その為には、理性を悪者にして理性の支配から感情、本能、欲求を解き放つだけではなく人間として健全な楽しい生き方を身につけ実践していこうと思ったら理性と本能を協力させて働かせる。

 

なぜ感性が必要なのか?
精神史をさかのぼると何故近代が理性なのか?中世、信仰宗教など非合理で不合理な力で人間が抑圧されていた。長い間抑圧されると人間の命の構造からいって非合理な力に反発して合理の力が働いてくる。日常の行動においても理屈に合わない事を言われると理屈的なことで反発したくなる。そういう意識構造が歴史の中で展開されたのが中世から近代における歴史。
命の中に眠っていた合理への欲求が理性の時代になった。
その結果自分のしたい事を我慢しなければいけない。
命の中に眠っている非理性的非合理的な力
それが感性。心である。

誰かに頼らないと生きていけないのではなくたくましく生きる
理性の正しい使い方はどういう事か?

理性を使いこなしていく事により手段として使う。

例えば深い森の中に迷い込んだ時
森の中に生えている一番高い木に登ってみる事。
そんな高い木に登れるか?という事があったとしても。

自分たちの行き方にたとえるなら
仕事、家庭の悩みなどまず、俺の悩みでなく人の悩みだったとして人から相談されたとしたら必ずその問題を乗り越えられる。
自分の悩みを他人から相談されたらと思って他人事にして外から見る。その距離が大切。
自分で悩みながら考えるとこれからしようとする事のマイナス面ばかりが見えてくる。