禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会開催しました

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<全体の流れ> 禅は、2500年前のお釈迦さまの時代から、仏教の大事な瞑想修行の方法として受け継がれてきました。しかし、本格的に坐禅をするには、指導してくれる道場が少ない、初心者にとってかなり足が痛くて苦痛であるなどの問題があります。 そこで、この勉強会では、誰でもできる禅的な瞑想法として、イス禅を皆さんと一緒に実習します。

○『無門関(むもんかん)』第21則「雲門屎橛(うんもん-しけつ)」

この禅話の主人公は、唐代に活躍した雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師です。雲門の宗風は、「紅旗(こうき)閃ジャク(ジャクは「火」偏に「楽」という漢字)」といわれ、彼方に赤い旗がはためいているようなもので、短い答えの中に深い教えを含んでいるといわれます。「雲門の一字禅」とか、「三字禅」という言葉もあるように、修行者の禅的な問いに対して、漢字一文字とか、三文字といった極めて短く答えるのが特徴です。
これについて、天竜寺元管長の平田精耕(せいこう)老師は、次のように解説されています。
「禅門の世界は、わずかな短い言葉で、しかも最も適切に中心をピシッとおさえている言葉を尊重する。これを活句(かっく)という。
長ったらしいだけで、いっこうに内容のないのを死句(しく)という。
不立文字(ふりゅうもんじ)といっても、決して文字をバカにしているわけではなく、文字を使ったり、あるいは言葉を吐く場合、最も素晴らしい、最も要点を得たピチピチした言葉を必要とするのである。
雲門は、特に言葉の使い方が要を得て、『雲門語録』を拝見すると、いたるところに人がびっくりするような文句があちこちに出てきます。」(『無門関を読む』より)

今回紹介する公案は、雲門の禅問答の中でも上記の特徴がよく表れているとともに、最も有名な公案の一つでもあります。もしかしたら、すべての禅問答の中で、最も印象的なものかもしれません。それでは、雲門の有名な公案を味わいましょう。

『無門関(むもんかん)』第21則「雲門屎橛(うんもん-しけつ)」より
本則<原文(書き下し文)>
雲門、因(ちな)に 僧(そう)問(と)う
「如何(いか)なるか 是(こ)れ 仏(ほとけ)?」
門(もん) 云(いわ)く
「乾屎橛(かんしけつ)」

本則<現代語訳>
雲門和尚にある僧がたずねた
「仏とは、いかなるものでございますか?」
雲門は云(い)った
「糞(くそ)かきべらじゃ!」(あるいは、「乾いたクソじゃ!」)

修行僧の質問である「仏とはいかなるものか?」という問いは、禅門におけるアルファ(出発点)でもあり、オメガ(到達点)でもある、最も大切な問いです。
これについて、天竜寺元管長である平田精耕(せいこう)老師は、次のように解説されています。
「仏とはどういうものか、これは難しい問題です。仏教徒にとって仏とはいったいどういうものであろうかというところから、仏教の信仰はスタートするのである。
 その問いを出発点として仏教の勉強を始め、仏教学や禅学の講義を聞いたり、それで足りないので、坐禅修行をする。専門道場へ入って三年、五年、十年と坐禅修行をしても、仏とはこれであったとわかるのは容易なことではない。・・(中略)・・
 仏とは何かという青春時代の疑いから、七十、八十になって死の間際まで、仏とは何かという問題がついてまわる。だから仏教徒なのである。わずか二十二や二十三で仏が何かということが分かってしまったならば、後は何も仏教徒の必要がない。仏教をサラリと捨ててしまえばよいのだ。
 わからないからこそ、一生修行をしなければならないし、一生勉強をしなくてはならないのである。こう考えてくると、スタートと思っていたのが、実は最後のところの問題である」
(平田精耕『無門関を読む』より)

禅では、本質的な問いに対する「疑団(ぎだん)」(心の中にわだかまっている疑い)を大事にします。そのことが、平田老師の解説を読むとよくわかります。
「仏とは、これこれのものだ」という知識を学ぶことは難しいことではありません。しっかりした仏教の解説書を読めば理解できるでしょう。しかし、そのような仏教学的な知識や理論を頭で理解しても、「自分にとって心のよりどころとなる仏とは、いったい何なのか?」という究極的な問いの解決にはなりません。

「仏とは何か?」という問いは、同時に「仏に向き合う自己とは何者なのか?」という問いでもあります。人が年齢とともに成長し、変化していくとき、「自己」の見え方もまた変わるでしょう。世の中が変化することによっても、「自己」の見え方は変わるし、「仏様」に対する考え方も変わるでしょう。
一般論でいえば、若くて元気で、活力もあり、夢もあるうちは、神仏や天など「サムシング・グレート」のことを真剣に考えない人が多いと思います。しかし、年齢とともに様々な成功や失敗を体験し、仕事や私生活で様々な人生経験をすると、しだいに人間的努力だけですべてが動くわけではないと感じるようになります。
『論語』では「五十にして天命を知る」と表現されますが、孔子も五十歳で「人知を超えた運命というべき、何か不可思議な力がこの世にある」と感得されました。高い理想を求めて、大変苦労の多い人生を歩んだ孔子だからこそ、このような深い認識に到達できたのでしょう。

私たちの場合は、挫折や失敗だけではなく、成功を収めた時にも「不思議」を実感することがあります。野球の野村克也氏は、江戸時代の平戸藩主・松浦静山(せいざん)の
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」(「剣談」より)
という言葉を良く引用しています。野村氏のように、年齢や人生経験を重ねると、「勝ちにせよ、負けにせよ、不思議なことや理解しがたい運命的なことが、この世にはたくさんある」と感じる人も多くなるのではないでしょうか。
私自身も、四十代後半から、しだいにそのような実感(世の中は理屈では割り切れない面があるという実感)を持つことが多くなり、五十代後半の現在は、日々、そのようなことを感じています。結果的に、二十代の頃の熱心に坐禅道場に通っていた時には分かったような気でいた「仏」や「禅の教え」が、かえって今は分からなくなりました。
そうであればこそ、若い頃よりはるかに真剣に禅の古典を読むようになり、このような拙い文章を書いたり、皆さんとの勉強会を開催したりして、禅を学んでいるといえます。
平田老師の言う通りで、「禅のことは十分に分かった」「仏教のことは十分に理解した」と思えば、禅を学ぶ意欲が低下します。禅仏教など捨て置いて、ほかのことを勉強した方が有効な時間の使い方であると感じるでしょう。
しかし、実際には、学べば学ぶほど、自分の無知を自覚させられることが増えています。これは、禅に限らず、ビジネスでも、人生でも、あるいは、歴史や自然(サイエンス)などでも、同じではないでしょうか。学べば学ぶほど、多様な見方が成り立つことが分かるようになり、簡単に「分かった」と言えなくなるように思います。

ソクラテスは、「無知の知」(自らの無知を自覚することが真の認識に至る道である)を大切にしました。また、中国古典の『老子』第56章には、「知る者は言わず、言う者は知らず」(物事をよく知り抜いている人は、みだりに口に出して言わないが、よく知らぬ者は、かえって軽々しくしゃべるものである)という名言があります。
洋の東西を問わず、聖人といわれるような偉大な人格者は、「無知の自覚」を大切にしているといえるでしょう。

さて、自己が成長し変化すれば、世の中の見え方も変わり、仏(サムシング・グレート)に対する考え方も変化していきます。そのため、禅では、教科書的な固定した知識を覚えることよりも、「仏とは何か?」という疑問、裏を返せば、「自己とは何か?」という最も基本的な問いを真剣に問い続けることを重視します。
この問いの答えは、自分や自分を取り巻く環境変化によって変化していきますから、簡単に答えは出ません。一時的に答えを得たと思っても、まじめに人生を生きる人にとっては、時間がたつと、別の見方もできるのではないか?と、また疑問が起こってくるのが普通です。結果的に、一生の問いになります。
逆に「仏とは何か?」「自己とは何か?」という根本的な疑問を持ち続けることにより、人は死ぬまで人間的に成長していくことができるとも言えます。もし、そのような問いを持ち続けることができなくなり、「人生なんて、しょせんはこんなもの」と変に達観するようになったときに、その人の精神の進歩が止まるのかもしれません。

禅では、「釈迦(しゃか)も達磨(だるま)も修行中」といいます。人間は、この世ばかりか、浄土に行ってからも修行によってさらに成長することができるという意味の教えです。人間の持つ無限の可能性に対して、絶対的な信頼を置く発想が、禅の根底にあるといえるでしょう。
それを一言でいえば、「衆生(しゅじょう)本来(ほんらい)仏(ほとけ)なり」(『白隠禅師(はくいん-ぜんじ)坐禅和讃(ざぜん-わさん)』)ということになります。「人間は生まれながらに、お釈迦様(仏陀:ブッダ)と同じ心の性能、無限大の成長可能性と無限の清らかさを持つ存在である」ということを「本来、仏なり」という言葉で表しています。

このような話をすると、安直に答えを求めたがる人(原理原則よりも、定式化されたスキルやノウハウが好きな人)の中には、「禅を一生学んでも、仏様のことも、自分のことも分からないのか?」というマイナス発想でとらえることがあります。もっと手っ取り早く、役に立つ知識を得たがる人には、まどろっこしく感じるのでしょう。
しかし、複雑で変化の激しい現実世界を相手にするときには、誰かが定式化してくれたノウハウやスキルは、役に立たないことが結構あります。そもそもの適用条件が異なるからです。

禅を学ぶことの功徳(くどく)とは、何かの答えを得るというより、「疑問を起こす力(多面的に物事を考える力)が成長していく」というべきでしょう。
困難な状況に直面した時は、解決策よりも問題点の発見や整理の方が大切なことが多々あります。とくに、公認会計士として会計監査の仕事をしていると、問題がクライアントの社内で共有されれば、特別なノウハウやスキルに頼らなくても、おのずと常識的な解決策に向かうことが多いと感じます。
逆に「問題把握」を間違うと、とんでもない方向に迷走を始めることがあります。システム開発にたとえれば、初期段階の「要件定義」を間違うと、開発プロジェクト全体が迷走するようなものです。開発期間が異常に延びたり、やっと完成したシステムが、現場で使う人から見ると、使い勝手の悪い期待外れのシステムになったりすることがあります。
システム開発における「要件定義」のように、ビジネスの現場では、「問題把握」が最も大切なプロセスであるといえるかもしれません。

さて、雲門の公案に戻りますと、禅において、最も根本的で最も大切な問いである「仏とは何か?」という修行僧の真剣な問いに対して、雲門は、ただ一言「乾屎橛(かんしけつ)」と答えました。
「乾」とは「かわいた、乾燥した」という意味で、「屎(し)」とは、「糞(ふん、くそ)」のこと、「橛(けつ)」とは、「木や竹で作ったヘラ」のことであると読んで、禅門では、伝統的に「乾屎橛(かんしけつ)」とは、「糞かきべら」であると解釈してきました。
雲門が活躍した中国の唐時代などは、紙が貴重品であった時代です。近代的な工業生産が始まるまでは、山村や農村などの庶民の間では、チリ紙(トイレットペーパー)など高級品で、日常生活の中では使えません。そこで、トイレのところに、木や竹を適当な大きさに削ったヘラのようなものをおいて、それでお尻の後始末をしたそうです。
日本でも、昭和の前期(戦前)までは、飛騨地方の山村などで、そのようなヘラが実際に使われていたとのことです。古い世代の禅僧は実際にそれをみて、「これが、雲門の言う乾屎橛(かんしけつ)なのだろう」と受け止めました。

それに対して、戦後、京都大学教授や花園大学教授を歴任し、中国文学に対する豊富な言語学的な知識を生かして、禅語録を文献学的に研究した入矢義高(いりやよしたか)氏は、「乾屎橛(かんしけつ)」とは、「(犬などの)糞が乾いて棒状になっているもの」、「乾いた糞そのもの」であると解釈されました。
入矢義孝氏の文献学的な研究は大変精緻なもので、文献学者ではない禅の老師たちは表立って、それに反論することはありません。(というより、反論できないというべきでしょう)。かといって、江戸時代以前から伝わっている「糞かきべら」という解釈にも一理あるので(昔の山村では、そのようなヘラを実際に使用していたので)、「乾屎橛(かんしけつ)」には、「いろいろな解釈がある」ということになっています。
どちらの解釈にしても、「仏」という最も高貴で尊いものを問われたのに、雲門は、日常生活に見られるもので、最も不浄なもの、最も汚いものをもって答えたことに変わりはありません。

この雲門の答えについて、小池心叟(しんそう)老師は、次のように解説しています。
「仏心(ぶっしん)は法界(ほっかい)に充満し、あまねく一切(いっさい)群生(ぐんじゅう)の前に現ず」仏心というものは、真理というものは、われわれの生活しているこの地球上いたるところに存在する。
一切(いっさい)群生(ぐんじゅう)とは、衆生(しゅじょう)のことです。仏心という真理そのものは法界(ほっかい)、このわれわれの生活するこの世の中のいたるところに存在する。
そして、それはわれわれ一切(いっさい)群生(ぐんじゅう)衆生(しゅじょう)の前、いたるところにある。朝から晩まで自分の周囲に真理はいたるところにある。ただそれに自分自身が目覚めるかどうか、これしかない。
自分自身が無心に成りきり徹しきる。・・(中略)・・無の境地に徹しきるならば、自分自身が仏であり、自分自身が真理そのものと一体であるということに気がつくわけです。」
(小池心叟『無門関提唱』より)

この世のあらゆる存在が「仏心」の表れとしたら、「乾屎橛(かんしけつ)」のような汚いものでも、真理の現れであるということになります。「乾屎橛(かんしけつ)」でさえ真理の現れであるとしたら、自分自身もまた真理の現れであることがおのずと分かるでしょう。「仏」(サムシング・グレート)を別次元にある特別な存在ととらえないで、私たちの生命がすでに「仏」(サムシング・グレート)の一部であることを反語的に表現したのが、雲門の答えであるということです。
雲門は、禅の教えを理論的に説明しないで、「乾屎橛」という印象的な言葉で端的に伝えようとしているという解釈です。このような解釈は、一つの伝統的な解釈でもあります。

それに対して、もう一つ別の解釈もあります。それについて、平田精耕老師は、次のように説明しています。
「自己の外側に神が在るのではない。自己の本来のところが神なのである。それで自己の外側に仏を措定(そてい)しておるその僧に向かって、雲門は見事に、乾屎橛(かんしけつ)、「つまらんものじゃ、ヘド臭いわい」と言って、一気に仏のとらわれをバッサリと一刀両断のもとに斬って捨てたのが、この乾屎橛(かんしけつ)の問答である」
(平田精耕「無門関を読む」より)

自己を超越したものとして、仏様を求めている修行僧に向かって、「仏にとらわれるな、自分自身を見ろ」と指導するために、「お前の考え方は、汚らしいほどに間違っている」という意味で、「乾屎橛(かんしけつ)」という言葉を投げかけたということです。弟子の迷いを解くためのショック療法であるという見方です。

最近、横綱の日馬富士が同じモンゴル人の後輩力士の貴ノ岩をカラオケのリモコンで殴ってケガをさせるという事件がありました。手段と程度はともかく、日馬富士は悪意から貴ノ岩を殴ったわけではなく、相手の成長を願ってしたことでした。
日馬富士にとっての「乾屎橛(かんしけつ)」が「カラオケのリモコン」であったわけですが、あくまでもショック療法であって、現代においては正当な指導方法とはいえません。ショック療法は、抗がん剤のようなもので、効き目も強いかもしれませんが、副作用も強く、意図しない結果がもたらされるリスクがあります。
今回の事件では、殴られた貴ノ岩よりも、その師匠である貴乃花親方に強烈な副作用が出て、いまだに相撲協会を巡る混乱が収束していません。日馬富士は引退に追い込まれ、貴ノ岩も貴乃花部屋に軟禁状態で、本場所にも巡業にも出られず、稽古もできないようです。このままでは、被害者であるはずの貴ノ岩の力士生命も終わってしまうかもしれないと心配されるようになっています。
部下や後輩の指導においては正攻法を用いるべきであり、たとえ善意であったとしても、「乾屎橛(かんしけつ)」のようなショック療法はなるべく使わない方がよいといえるでしょう。

このような二つの伝統的な解釈に対して、もう一つの伝統的な解釈があります。それについて、稲盛和夫氏の心の師であった西片擔雪(にしかた-たんせつ)老師は、次のように提唱されています。
「禅(の修行)とは、なりきること。
乾屎橛(かんしけつ)にならなきゃいかん。
自他一如(じた-いちにょ)の境涯を得にゃいかん。
我が身を捨てて、他人の糞(くそ)をぬぐう底(てい)の大悲心(だいひしん)を
持たにゃならん。仏心とは、大きな大きな慈悲心じゃ。
親は、幼い我が子と一心同体。まさに自他一如(じたいちにょ)である。
だから我が子の糞を見ても汚いと思わん。かえって、「今日の糞はちょうどいい」とか、「今日は少しお腹が緩いわい」とか、一喜一憂する。汚いとはこれぽっちも思わん。
ふき取って初めて、乾屎橛(かんしけつ)の精神が起こるというもんじゃ」
(西片擔雪『無門関提唱』より)

「乾屎橛になる」とは、「他人のしりぬぐいができるような大きな人間になる」ことを意味しているという解釈です。雲門に「仏とは何か?」と尋ねた修行僧は、初心者ではなく、すでに悟りの世界を十分に味わっている上級者であろうという理解が前提になっています。
禅の修行は、自分を救うための「自利(じり)」が最初の目標になりますが、修行が進んだ上級者や老師方は、浮世で様々な困難に直面している他人を救うという「利他(りた)」の行いが要請されるようになります。しかし、この修行僧は、自分の修行のことばかり考えて、「利他」を忘れていたのでしょう。それでは、自利の修行も頭打ちになります。

禅でいう「自利」が仏教の知恵を学ぶことであるとしたら、「利他」は、慈悲の行いを実践することを意味します。最初は、「自利」優先でよいのですが、ある程度修行が進んできたら、「利他」の修行に取り組まねばなりません。
「自利」だけでも、一生かかっても終わらないほどの深さがありますが、「利他」となると、それこそ終わりはありません。「釈迦(しゃか)も達磨(だるま)も修行中」とは、「利他」の修行に終わりがないことを示す言葉であるといえるでしょう。
経典の中に出てくる仏様や菩薩様のように、特別な神通力を持っていれば別ですが、凡夫たる私たちが「利他」を実践しようと思ったら、自分がある程度汚れる、あるいは、自分がある程度損する覚悟が必要でしょう。これも程度の問題ではありますが、自分を安全地帯においているばかりでは「利他」はできないのではないでしょうか。

「自分の修行」を「自分の利益」と置き換えれば、現代のビジネスにおいても、当てはまるのではないでしょうか。自分の利益ばかり追い求めて、取引相手や世間のことを考えなければ、「WIN-WIN」という望ましい関係は築けません。当然、大きな仕事もできないでしょう。
江戸時代の近江商人は、「三方(さんぼう)良し」といって、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」を大切にしました。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのが、良い商売であるという意味です。
「三方(さんぼう)良し」とは、「自利」と「利他」のバランスを上手に取ることと言えるでしょう。しかし、誰もが我が身がかわいいのが人情ですから、何も意識しないと、「自分良し」ばかりが肥大して、相手の利益は二の次、社会貢献など論外という残念なことになったりします。
雲門の乾屎橛(かんしけつ)とは、自利ばかりを優先しがちな私たち対する戒めの言葉であると理解したいものです。

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